「ふる里つるおか飲み屋ばなし」
「ふる里つるおか味ばなし」
「飲んだくれてふる里」


題名から察しは付くと思うが、父の本はすべてエッセイ集である。
それも地元、山形県鶴岡市で過ごした自分が経験した思い出話が
ほとんどで、主に昭和30年代から40年代にかけて
飲み歩いていたときに見聞きした話だ。

なので、地元の人間で、父と同年代(昭和四年生まれ)の人なら、
あるいは涙ものの懐かしい話も中にはあっただろうと思われる。

奇跡的に1000部売れた「味ばなし」は、
郷土食を自分の思い出話と絡めて紹介するという内容だったため、
同年代の人じゃなくても、昨今の地方のうまいものブームに乗って
買ってしまった人も多かったのだろう。

しかしなあ、

売れ残っている「飲んだくれてふる里」は、内容的にどうも、いかん。
市の広報誌と地元新聞に連載したものをまとめたものということで、
それまでの本と内容がかぶる部分が多すぎ。
さらに後半は自分の個人的な思い出話に終始している感があって、
娘の私から見れば恥ずかしすぎるし、
他人にはなんのこっちゃの内容になってしまっている。

鶴岡は最近、藤沢周平ブームで全国的に盛り上がっているらしく、
藤沢ファン、映画ファンからそこそこ注目されているようだし、
「あの藤沢周平の鶴岡の昭和を知ろう!」みたいな切り口で
宣伝しようかと思っているけど、ちと苦しい。

うーーーん……

そもそものことの起こりは、田舎にいる私の父が
折に触れて書き溜めていた雑文を、自費出版で本にしたことから始まる……

1990年、最初の一冊「余白を埋めたまで」を300部印刷し、
長年勤めた高校教員を退職する際に、
挨拶代わりに知り合いにただで配った。
それが、お世辞8割だと思うが、
「おもしろかった」「もっと書かないのか」と、周りに乗せられ、
隠居して暇だったせいもあって、また書いた。

それが1992年の二冊目、「ふる里つるおか飲み屋ばなし」。
これは1000円の値段をつけ、地元の本屋や、
作中に登場させた飲み屋などに置いてもらって、売ることにした。
なにせ長いこと教員なんて職業をやっていると、
地元に父の名前を知っている人だけは教え子の数だけいる勘定で、
付き合いもあってか、印刷した500部は2年ほどで完売。

…で、またまた気をよくした父は、
1995年に、第三冊目「ふる里つるおか味ばなし」を500部作った。
値上げして1300円。
また、地元の本屋に置いてもらったところ、
これがなんの間違いか、そこそこ評判になってしまった。
よせばいいのに、本屋では「今週のベストセラー第一位」とかの
手書きポップまで作ってくれちゃうところもあったりして、
2回増刷をかけ、合計1000部を完売した。

その評判を聞きつけた地元市の広報と山形新聞社が、
連載コラムを依頼してきて、まるで作家先生のような扱いを受けることに。
それで完全に勘違いをした父は、その連載でたまった原稿と、
またしても暇にあかせて書き溜めたものをまとめて、
2003年に、四冊目「飲んだくれてふる里」を出版した。

前作の「ふる里つるおか味ばなし」が、
最終的には1000部完売したことから、
「途中で増刷するより最初から印刷したほうが安上がりですよ」との
印刷屋さんの口車に乗って、いきなり1000部印刷……
500部は、固定客のおかげか最初の1年で順調に売れて行ったが、
それ以降はぱったりと売れ行きが伸びなくなった。

ここから、娘であり、東京で出版業界の最下部で仕事をしている私の、
苦難の道が始まるのである。


つづく