3号表紙

第八回文学フリマで売る予定の
「稀人舎通信SPECIAL 3号」です。
文学フリマでは「E-45」ブースへGO!


前回のエントリで、予告したにもかかわらず、
「ジュリーをネタに『萌え』談義」、進んでません。
なので、特になんもないチラ裏日記を。

本業の方で、新しい単行本のデザイン仕事の
立ち上げなので、フォーマットデザインを
考えてたんですよ。
この、「考えてる」って時間が、
なにを作る時でも、一番好き。
デザインでも、イラストでも、文章でも。
資料を見たり、関連HP眺めたり、
過去の類似本めくったりして、
まだ手は動かさないで、頭の中だけで、
あ~でもない、こ~でもないって、
捏ねくり回してる時間。
頭の中はなんの制約もない自由空間だからね。
すんげーすんばらしいモノができてたりする。

楽しい。

で、方向性が決まったとこで、
デザインなら、Macに向かって、
あれこれ作り始めるんだけど、
そうなると、あとは作業になるし、
頭の中と違って、制約が出てくるからね。
あちこち妥協しながら、淡々と進めるだけ。
それでもまだ、フォーマットとか作ってる時は
いろいろ実験したりして楽しいんだけど、
それもできちゃって、
あとは、そのフォーマットに従って
ページをレイアウトしていく段階は、
もう、作業のみ。
まあ、なんも考えない手作業のみってのも、
別の意味で楽しい時もあるんだけど、
でも、やっぱり考えてる時が一番だなあ……

ああ、明日からは作業に入らなきゃ。
誰か、今私の頭の中にあるこれを
カタチにして作ってはくれないものか。
あーとでぃれくたあとかになって偉くなってれば、
手下にやらせたりもできたんだろうけど、
あいにく、偉くなれなかったもんでさ、
考えるのから手作業からなにから、
全部ひとりでやってるんですよ。

【稀人舎】のことも、
あれこれいろいろ考えてるんですけどね、
で、考えてるのは楽しいんですが、
いざ、それらを実行に移そうとすると
さまざまな制約が立ちはだかってですね、
これが仕事ならやらないことにはしょうがないんで、
妥協できることは妥協し、
努力できることは努力して、
なんとかやってますが、
【稀人舎】に関しては、
考えてるだけでなにもやらなくても、
誰に文句言われるわけでもないので、
今のとこ、考えてるだけになっちまってるっていう、
そんな言い訳でした。すまん。

でも……、
「でも」ってこたないけど、
文学フリマには出店しますからね。よろしくですよ。
新しい「稀人舎通信SPECIAL」も売ります。
(あ~、明日印刷屋さんに、ちゃんと進行してるか確認の電話しよう。
 心配だから……小心者だから)

前回の「稀人舎通信SPECIAL 2号」が縁で、
今回の3号から、金井さんが参加してくれたように、
また、誰かと縁ができるかもしれない。
いまのところ、そんな風に一歩一歩って感じですかね?
がががんばります。



3号表紙

第八回文学フリマで売る予定の
「稀人舎通信SPECIAL 3号」です。
文学フリマでは「E-45」ブースへGO!


まだ、ダラダラとジュリー動画&DVDを眺める毎日。
ダメ人間更新中でございます。
このままダメ人生ってのもいいかもなあ……
ダイエットも挫折したことだし(関係ない)

「悪魔のようなあいつ」の最終回について、
こないだ長々と書きました(←リンク先ネタバレてんこ盛り注意)が、
またDVDを観てるとですね、
なんかまた違ったふうにも感じられたり、
別の登場人物のことを語りたくなったり……
うーーん、そのうちもう一回くらい
ネタバレ御免で書くかもしれない。
なんにしろ、あのラストシーンは謎過ぎる。
いや、「謎」ってこたないんだけど、
観てるこっち側の受け取り方で、
いろんなふうに感じるってことかな。
ま、それはそのうちってことで。

で、前回「その21」
鼻息荒くしたまま止まってしまっている
「ジュリーをネタに『萌え』談義」ですが、
またぼちぼち続けようかと思っています。
今回は、まあ「予告編」てとこかなあ……




「ジュリーをネタに『萌え』談義・その22」の予告編みたいなものです。
1回目はこちら
連載になってますので、
「その1」「その2」……と、
順番に読んでいただいた方がよいかと存じます。
あ、カテゴリ(『萌え』談義)から辿っていただいてもいいかも。
よろしくです。




なんで前回鼻息が荒くなっちゃったかというと、
「ジュリー萌え」のわからない人に
『萌え』シーンの要不要についてとか、
とやかく言われたくないから!
てことだったんですが、
じゃあ、どうしてそこに『萌え』が必要なのか
説明してみろよ、と言われても、
『萌え』は、自己完結の妄想であるがゆえに、
説明なんかできません。
『萌え』は、どんな批判も受け付けません。
そこに議論が成り立たないのです。
だからこそ、素人でも自由な二次創作活動ができたり
発表の場があったりと、
いい面もあるのでしょうが、
「『萌え』なんだから、いいんだよっ」と言ってしまうと、
批判も議論も封じられてしまうってところが、
特にこのところあるような気がします。
しかも、ここで延々と「『萌え』とはなんぞや」と
語っているのにも関わらず、
「これ」という、誰でも了解するような、
すぱっとした説明ができないのが『萌え』という感情です。
この場での便宜上、冒頭で定義を掲げましたが、
これは、私が勝手に定義しているものにすぎません。
極端な話、百人いれば百通りの『萌え』があるわけです。
しかも、『萌え』という言葉の説明もあいまいならば、
その中身も、説明がしにくい、という難しいものです。
その説明しにくい感情に
『萌え』という、批判も議論も受け付けない、
便利な名前が付いてしまったことは、
いいことなのかどうか……
ちょっと考え込んでしまう今日この頃なのですよ。

なにをそんなに考え込んでしまうのか……
そんな『萌え』という言葉の功罪てなことをですね、
第八回文学フリマで販売する
「稀人舎通信SPECIAL 3号」では長々と書いたので、
まあ、その辺が読みたかったら、同人誌買ってね(宣伝)
売れ残ったら【稀人舎】HPでネット通販もします。

というところで、ここのブログでは、
ちょっと話題を変えて、
ずいぶん前のエントリで、
「このことは、また後で語ります」と
言ったきり放置してあった、
腐女子的な意味で『萌え』な、
ジュリーと内田裕也さんとの関係について、
いや……裕也さんに限らず、
ジュリーとその周辺の男たちについて
語りたいと思います。

これが……もうね、なんつったらいいのか……
今の腐女子文化は
ジュリーから始まったと言っても過言ではない
ってくらいの、大変なことになっとりますよ。
この先はしばらく「『萌え』談義」ってよりも、
『腐女子』『やおい』系の話が続くと思いますので、
それらがわからない、または苦手という方は、
読まない方が精神衛生上いいかもしれません。


と気をもたせといて、つづく


3号表紙

第八回文学フリマで売る予定の
「稀人舎通信SPECIAL 3号」です。
文学フリマでは「E-45」ブースへGO!


昨日、データを送った印刷屋さんからは、
今のところ、なにも連絡なし。
便りのないのは元気な証拠ってことで、
特に問題なく進行しているんだと、
ともすれば不安な気持ちになる
小心者の自分をなだめつつ、
「今日くらい、なんもしなくてもいいよね…」
と、ダラダラ過ごしてます。
ジュリー動画見放題。うふふダメ人間。

入稿の終わったデータは見ても、
もうどうしようもないんで、
見ないようにしています。
入稿する前は、校正するために
2回くらい読み返してるしな。
もう内容暗記状態。
でも、いっくら校正しても、
本になってみると、
誤字脱字や間違いが見つかるという不思議……
うーーむ…

校正の最後の方は、
もう文章の意味とかじゃなくて、
本当に誤字脱字を見つけるための
文字校正なので、
目で追う字面が、意味を失ってバラバラになっていく。
その感覚がちょっとおもしろくて、
病み付きになりそうです。
(いや、大変なんですけどね……)

たとえば………

群像 の ひと り ひとり が、
その 人の 人生 の中 では 主人 公 なんだ って
ことが、 ちゃん と 見え るん ですよ。
脇役 として だ け 存在
して い る わけじゃ ない。

(「コレヨモ!座談会」より)

とか

二〇〇九 年 三月 下旬、 ぶり 返し た 寒さ に
身 を すく める 朝。 寝ぼけ 眼 で、
点滅 する 携帯 電話 に 手を のばす。
メール を 開く と、 ベト か ら の
返事 だった。 先日 Apa re cida で 
彼の ライブ を観た ばかり。
その時 は、 ほと んど 
話す こと が できな かった。

(エッセイ「響きあう世界の中で」より)

とか

ジュリー を 好き な気持ち を 表現 する
術 がない、 または 表現 しよ う とも 思わ
なか った 一般 人は、 「寺内 貫 太郎 一家」 の
樹木 希 林 さん 扮する きん 婆 ちゃん
の ように、 ただ 「ジュリ~~」と 悶え 叫 ぶ
し か あり ません でし た。 あれ は、
今 で 言え ば まさに 「萌え~~」 で す。

(エッセイ「ジュリーをネタに『萌え』談義」より)

というふうにね、
文字をバラバラにしてひとつひとつ
認識するようにしていかないと、
誤字は見逃すからね。
それまで何回も読んでいたり、
ましてや自分で書いた文章だったりしたら、
書いてある内容はすでに頭に入っているから、
その意味でもって、間違った文字も
脳内修正して読んじゃうんですよ。

たとえば

きん婆ちゃんのよくに、ただ「ジュリ~~」と
悶え叫ぶしかりませんでした。


とかさ。
こんなのでも、間違ってることに
気が付かなかったりするんだよ。

だから、最終的な文字校正の段階では、
意図的に文章から意味を剥奪して、
バラバラの「文字」として見ていく。
これが、おもしろいんだけど、
でも難しい。
人間てのは、なにを見ても、どうしても意味を
求めてしまうものなんだよね。

……という、
誤字脱字があっても許してね
という言い訳でもあるのでした。


3号表紙

第八回文学フリマで売る予定の
「稀人舎通信SPECIAL 3号」です。

たった今!
入稿完了しました。
もう泣いても笑っても、
本ができるのを待つだけだ~~~
FTP入稿つって、ネットで印刷屋さんのサーバに
入稿データをアップする方式さ。
簡単なんだけど、
簡単過ぎて、なんかドッキドキだ……
しかも、PDF入稿って、
なんかまだよくわからんくてなあ……
仕事でもやってるんだけどさ。
仕事でやるときは、
私以外にもいろんな人が関わるし、
チェックしてくれるからいいんだけど、
【稀人舎】に関しては、
私が最初から最後までの責任者だからなあ……
まあ、お金を出すのも私ってことで
許してねってことなんだけど、
でも、もし失敗してたら、
こんな大騒ぎして、
原稿書いてもらったりしたみんなに
申し訳なさ過ぎる……

先にあやまっちゃお……小さい声で。

失敗してたらごめんね。

はあ、小心者なので。

ま、とりあえず、ひと仕事終了。
おつかれさまっしたーー


やっと書き終わりましたよ、
悪魔のようなあいつ』最終回について。
ああ、長かった……
伝説のテレビドラマ『悪魔のようなあいつ』の
主に最終回について語り倒しました。
ブログの1回のエントリに載せるには、
ちょっと長過ぎる記事かもしれませんが、
内容的に、がっつりネタバレしてますのでね、
ネタバレは読みたくないって人もいるでしょうから、
1回で済ませちゃいます。
長いです。お覚悟召されよ。

ネタバレもしてますし、
あと、私が感動したところの押し売りにもなってますので、
素の状態で『悪魔』を見たいと思っている方は
読まない方がいいかもしれません。
あ、それと、最後の方で
映画『太陽を盗んだ男』もネタバレしてます。
こっちはホントにネタバレすると、
面白味が半減て話かと思いますので要注意です。

えーと、それとですね、
最終回のネタバレしてるって言っても、
全体のあらすじや登場人物に関しては、
ほとんど解説してません。
知ってる人に向けての話になっちゃってますので、
もし『悪魔のようなあいつ』を観たことはないけど、
でも、この記事は読んでみたい、
なんて酔狂な方がいらっしゃいましたら、
グーグル先生や、ウィキ先生に聞いてみて、
少し内容を知ってから読んでくださった方が、
いいかと存じます。
わがまま言ってすいません。

あ、DVD欲しいかもって方はこちらからどぞ~
悪魔のようなあいつ DVDセット1
悪魔のようなあいつ DVDセット2


で、これは「『萌え』談義」とはちょっと違うんですが、
ジュリー関連てことで、
「『萌え』談義」カテゴリに入れてしまいます。
「『萌え』談義」を順番に読んでくださっている方で、
『悪魔』のネタバレは勘弁て方は、飛ばしてお読みください。

では、ずずずーいっと下の方から始まります。




































「ジュリーをネタに『萌え』談義」の番外編です。
連載の1回目はこちら
連載になってますので、
「その1」「その2」……と、
順番に読んでいただいた方がよいかと存じます。
あ、カテゴリ(『萌え』談義)から辿っていただいてもいいかも。
よろしくです。




では、ネタバレおっけーという方のみ
【続きを読む】から、どーぞ~~





【続きを読む】



3号表紙

第八回文学フリマで売る予定の
「稀人舎通信SPECIAL 3号」の表紙、
こんなんできました。

とりいそぎ、お知らせ。

「悪魔のようなあいつ」の最終回については、
また後日。
書いてたら長くなっちまってさ。
まだ終わりません……


文学フリマで売る本「稀人舎通信SPECIAL 3号」
載せる自分の原稿がやっとできました。

「ジュリーをネタに『萌え』談義」

ここんとこずっと、
このブログで連載してたものをまとめたものですが、
前回も書きましたが、
ブログ連載では、特に結論といえるようなものはなく、
「じゅり~~~」という『萌え』の気持ちを
あれこれ語ってるだけなんで、
それをまあ、無理矢理にまとめることに。
どうにかこうにか形になったかな~とは思うけど、
でもなあ……
やっぱなんか無理矢理感があるなあ、最後とかさ。
なもんで、読み返すたびに書き換えてるんですよ。
おそらく入稿間際まで書いては消し書いては消しを
やることでしょう。うーーーむ。

なんてーかね、
今回まとめた文章の最後では、
主に表現物を受け取って『萌え』る側の問題だけを
取り扱ってるんですけどね。
でも、これは『萌え』作品や『萌え』論なんかを
発信している側の問題もあるんだよってことも
ホントは言いたかったんですよ。
でも、ページ数も限られるし、
あっちもこっちもになると、
わかりにくくなりそうだなあと、
今回のでは、『萌え』を受け取る側の問題だけを
まあ、ちょっと結論みたいなとこに持っていって、
締めちゃったんですよ。
ま、その辺はまだはっきりと考えが
まとまってないってこともあるしね。

発信する側の問題のことは
引き続き「じゅり~~」とか言いつつ、
考えていきたいなあと思っとります。


……でさ~
原稿もできたことだし、
本業の仕事もちょっとひと息ついてるしってんで、
今日は、YouTube巡って、
1975年頃の若ジュリーを
あれこれ見てたんですけどね。
…………
ええわ~~~
コンサートでは洋楽のカバーをいっぱいやってて、
オリジナルも歌謡曲ってより、
ロックっぽいのが多いんだよね。
で、そんなステージのジュリーがまた楽しそうでさ。
テレビの歌謡曲ジュリーも素敵だったけど、
私は、このロック野郎ジュリーのがいいなあと、
思った次第ですよ。
まだ若くて(といっても、もう28歳なんだけど)、
絶頂期と言ってもいい人気者で、
傲慢なほどの我が物顔。
ああ、好き。
私はやっぱり自信満々の
強気ジュリーが大好物なようです。
「悪魔のようなあいつ」も、
あの、強気な冷たい顔がなんともいえん~~~
口の左端を少ーし上げる「ふん」て笑い方っっ
ああああ、あれが出ると
こっちの口元は「にゃへ~~」と
だらしなく綻ぶってもんですよ

というわけで、次回の「『萌え』談義」は
「悪魔のようなあいつ」の最終回について、
ちょいと語ろうかと思ってます。
ネタバレしまくりになると思うので、
それはちょっと、という人は
飛ばしてもらった方がいいかもです。


第八回文学フリマのお知らせ、きましたー
なんとなく、ひと安心。

ブースは、E45

うーーん……
なんの特徴もない場所だ。
通路の途中っていうかなんというか。
真ん中へん。
今回会場も広いしなあ。
どういうことになるのか、
さっぱりわかりません。
ま、5月10日に行けばわかる。
お暇な方はぜひ。

これで売る予定の
「稀人舎通信SPECIAL 3号」ですが、
私の原稿以外は、初校戻りもほぼ出そろい、
そろそろ修正済みの再校を各自に出して
修正の確認をしてもらおうかって頃合いです。

………え?
私の原稿ですか?
えとですねー
昨日まで、本業のデザイン仕事で、
ムック本2冊同時進行で抱えてましてね、
も、大変だったんですよ。
ひとつはカラー100ページ、
もひとつは1色120ページくらい。
120ページの方は、一昨日の夜中に
入稿データ渡しまして、
100ページの方は、ずるずると修正が長引いて
やっと昨日の夜に最終のデータ入稿しました。
なもんでね、原稿は進んでませんのよほほほほ
で、2週間ほど寝不足が続いてるもんで、
眠くてめまいがしてですね、
PCの前に座ってるのもひと苦労……言い訳言い訳

私の原稿って、ここでずっと連載してた
ジュリーをネタに『萌え』談義」なんですけどね、
ブログではダラダラと結論なんか出さずに
まだこの先も続けようと思ってんですけどね、
紙媒体ではそうもいかず、
一応の結論らしきものに持ってって
オチをつけなくちゃいけないもんで、
激悩み中。

だって、オチなんかないんだもーん。

でも、そうも言ってらんないんで、
「『萌え』の可能性」みたいなとこで
無理矢理にまとめようとしてんですけどね、
なんかどーも、
「『萌え萌え』言ってちゃいかん!」みたいな
そんなネガティブな方向に行きがちで、
こんなんじゃあ、年寄りの
「昔はよかった」意見になっちゃうなあと、
書いては消し書いては消しの状態なんですよ。
昔だったら、書き損じの原稿用紙のまるめたのが
机のまわりに散らばってるとこだね。
「昔はよかった」なんて言ったって、
今はもう昔じゃないんだから、しょうがないしな。
うーーーーむむむ……

印刷屋さんには、24日入稿で予約しちゃったし、
もうちょっとがんばります。
どういうオチが付いたかは、
文学フリマで発売の「稀人舎通信SPECIAL 3号」
ぜひご覧ください。(宣伝)


『萌え』談義、絶賛放置中ですみません。
今、同人誌に載せる原稿の方を
のろのろと進めております。
こっちのブログの方では、
まだまだジュリーネタで語りたいことがあるので、
当分連載は続ける予定ですが、
ページに限りのある本の方は、
ある程度でオチを付けなければならず、
多少強引な展開になりそうですが、
がががんばります。

でな……
昨日、原稿を書くのに気分を盛り上げようという
言い訳のもと、
お預けになっていた「悪魔のようなあいつ」の
最終回をやっと見たんですよ。
…………………
ありがとう!久世さん!!!!

高い買い物をしちゃったなあと、
DVDをポチったときには
とほほな気分になっておりましたが、
最終回の、ラストシーンを見て、
そんな気分も吹っ飛びました。
あああああ、買ってよかった。
あのラストシーンだけでも
2万8千円の価値はあるかもしれない。
(大袈裟)
あのラストシーン以上に美しいジュリ-は、
今のとこ、見たことないです。
最後に立ち上がって、
ゴボッと大量の血を吐くところが、
もうもうもうもう好き過ぎます。
何度も見ちゃったよ。

しかもだね、
最終回っつうことで、
開き直って強気になった、
ドS良ちゃんがかっこいいったら!
やっぱ私はドSジュリーが大好物のようです。
ハチさん蹴飛ばすところなんて、素敵すぎ。

久世さん、本当にありがとう。
久世さんの萌え心がなかったら、
この美し過ぎるジュリーは残っていなかったかと思うと、
その愛と才能に感謝の嵐です。


よろしかったら、みんなも買ってハマるがいいさ。
悪魔のようなあいつ DVDセット1
悪魔のようなあいつ DVDセット2


前回の「『萌え』談義」エントリで、
鼻息荒くしたまま放置してますが、
なにしてたかというと、
「悪魔のようなあいつ」を観ていた……わけじゃなくて!
(ちょっとは観てたけど)
文学フリマに出す「稀人舎通信SPECIAL 3号」
デザインをやっていたんですよ。
参加者みなさん、締切を守る偉い人達なので、
続々と原稿が集まってきまして……
そんじゃ、自分の原稿はとりあえず後回しにして、
初校ゲラ出さにゃあ、と。
早めに送ってチェックしてほしいしね。
みんな、よろしくー

で、
今回は「『萌え』談義」はお休みにして、
「稀人舎通信SPECIAL 3号」の内容を少しご紹介。

まず、今回の目玉「特集 コレヨモ!」の座談会。
「コレヨモ!」とは、
「これ(この本)、読もう!」からの造語です。
この座談会に参加してくださった金井景子さんが
考えてくださいました。

金井景子さんは、現在、早稲田大学の教育学部で
日本文学を専門にされている先生です。

HPはこちら↓
金井景子研究室

ジェンダー問題も扱ってらして、
とてもパワフルな方です。
私は、川口晴美さんを通じて知り合い、
前回の文学フリマで売った
「稀人舎通信SPECIAL 2号」が縁で、
今年の1月に、15年ぶりに再会したんですよ。
その時に、15年ぶりだというのに、
いきなり話が盛り上がり、
5時間以上しゃべりっぱなし。
お話が本当におもしろい!
このおもしろいお話をなんとか次の「稀人舎通信」に
載せられないものかと、
この座談会を企画した次第です。
座談会の仕切りも初めてなら、
テープ起こしも初めてという、
またしても、私の後先考えない無謀な企画です。
金井さんと川口晴美さん、そして私の3人が、
オススメの本を持ち寄って、
あれこれ語っています。
金井さんは、ご専門の近代日本文学から、
川口さんと私は漫画を
それぞれ紹介しています。

本を読みたいと思っても、
なんかいっぱいあり過ぎて、
なにから読んだらいいかわからん!という方、
必読ですよ。
本の紹介だけにとどまらず、
人生をほんの少し楽に生きるための方法(?)にまで
話題は広がって、座談会は延々と6時間強!
テープ起こし、頑張りました。

「特集 コレヨモ!」の第2記事として、
座談会の内容と連動した、
川口さんの書評コーナーもあります。

そして、今回初参加の山口恵さんのエッセイ。
彼女が注目している日系ブラジル人たちのことから、
自分が日本人でいること、できることに
話は膨らんでいきます。
私は読んでて、ちょっと涙が出たよ……

月澤黎さんの作品は、小説「あの夏のメロディ」。
これは、以前は普通に日本の高校生を
主人公にして書いたお話を
今回、韓国ヴァージョンにしての掲載です。
月澤さんは韓流ドラマの大ファンなんですよ。
韓国ヴァージョンにしたことで、
なんだかほんわかかわいい雰囲気になりました。
不思議です。韓流マジック?

伊豆介八さんの漫画は「プラグド」シリーズ第三弾。
「ソウル」です。
こっちは韓国じゃなく、「魂」の「ソウル」。
第四弾は近々、またセカンドライフ内で発売予定です。
あ、表紙の絵もまた伊豆さんです。
こっちはまだ完成してないんですが、
楽しみです。

………え?
私の原稿ですか?
なんのことですか?
いやその………
他のみんなの割り付けが終わったら、頑張ります。
ええ、頑張りますよ頑張りますとも頑張りたいなあ……

助けてジュリーーーー!!


4月5日締切とした同人誌の原稿が
続々と集まってきています。
相変わらず、みんななんて優秀なの……

自分の原稿が進んでいない私はどうしたら……
あう。

がががんばります。

それになー
印刷屋さんに入稿の予約しようかと、
あれこれ見てたら、
あんまし時間がないことが判明。
う……ゴールデンウィーク進行ってやつですかっっ!?

やばっ




「ジュリーをネタに『萌え』談義」の21回目です。
1回目はこちら
連載になってますので、
「その1」「その2」……と、
順番に読んでいただいた方がよいかと存じます。
あ、カテゴリ(『萌え』談義)から辿っていただいてもいいかも。
よろしくです。




で、やっと「萌え」による「妄想」に話を戻すと、
(ああ、話がなかなか進みませんな……)
まわりの人達がジュリーをあれこれいじりまわして、
萌えドラマやイメージばりばりの歌世界を作り上げたように、
「萌え」というものは、論理立てた説明ができない代わりに、
湧き起こった妄想を創作物として、
外側に発表したくなるもののようです。
表現手段を持っている人は特に。
「萌え」カルチャーというものが、
往々にして、コミケに代表される二次創作同人誌即売会と
結びつけて語られるのも、そのせいです。

でも、湧き起こった自分の妄想を形にしても、
それを人に見てもらって、評価してもらいたい、というのとは、
ちょっと違うような気がします。
妄想を二次創作物の形で自分の頭の外に出してやること、
そのこと自体に意味があるんです。たぶん。
自分の頭の中だけに収めておくことができなくなって、
とにかく外に出してやり、
そうして、また自分もそれを見て、
今度は受け手として楽しみたいんですよ。
んでもって、さらに妄想が湧き……以下ループ。
久世さんなんか、絶対に「悪魔の~」のビデオやDVDを
何百回、何千回と繰り返し見ていたと思うね。
栗本さんも上に同じ。
そんでもって、自分の妄想を形にする術を持たない
一般ピープルは、その作品たちを見て、
「うおう! 俺と同じ妄想がここにある!」とか、
「これ、わかるーーー!」とかね、
そんなふうに楽しむわけですよ。
「萌え」の人々は、自分の「萌え」衝動を
他人にうまく説明できないがために、
常に悶々としてますからね、
自分と同じ気持ちの人がいるらしいとわかるだけでも、
もんのすごく嬉しいんですよ。
作り手も受け手もお互いにね。
だから、「萌え」で作った作品なのに、
作品として「あれはダメだ」とか貶されたりすると、
なんかモニョったりします。
もちろん、才能のある人は「萌え」のみで
作品を作ったりはしませんから、
なにかしら、一般にも訴えるものができます。
その場合、『萌え』要素は演出として
活かされてくるんだと思います。
でも「悪魔の~」に関していえば、
その演出はいささか過剰な気もしますけどね……
「悪魔の~」は、ゴジこと長谷川和彦さんの脚本が秀逸なので、
『萌え』の自己満足だけではない、
ドラマとしても、完成度の高いものになっていると思いますが、
しかし、おそらく久世さんの希望による『萌え』シーンの数々……

なんだかしょっ中、はぁはぁ言ってる野々村さんとか、
良ちゃんに異常に執着する白戸警部とか、
夏の話とはいえ、脈絡なく上半身裸率の高い良ちゃんとか、
いつでもどこでも看護婦姿の静枝さんとか、
17歳にもなって「にいちゃんのお嫁さんになる」の妹とか、
そして、例のシャツビリビリシーンとか、
とかとかとか……

話の筋には全然関係ないじゃん!
もしかして、それ余計じゃね!?
と、言われてもしょうがない気がします。
でも!
ジュリーを主人公にして作るドラマなんだから、
これらのシーンは、こんな演出は、
ぜっっっったいに必要なんだもんねっ!

という、久世さんのココロの叫びが、
『萌え』ナカーマの我々には聞こえてしまうのです。
ドラマ全体の流れや、完成度から見ると、
もしかしたらない方がよかったかも……な、
そんなシーンもあるんでしょうが、
『萌え』のためには必要不可欠。
説明なんかできません。
久世さん、そして「ジュリー萌え」
我々みんなの妄想ですからね。
「ジュリー萌え」がわからない人に
とやかく言われたくありませんよっ(フンッ<鼻息)


鼻息荒くなったとこで、つづくっ! フンフンッ


「ジュリーをネタに『萌え』談義」の20回目です。
1回目はこちら
連載になってますので、
「その1」「その2」……と、
順番に読んでいただいた方がよいかと存じます。
あ、カテゴリ(『萌え』談義)から辿っていただいてもいいかも。
よろしくです。




前回からの引きですが、
なんで偉そうな言い方になってしまうのか……
それはですね、
「萌え」っていうのは、
どうしても、その対象を下に見るような感じになるからなんですよ。
だって、妄想世界では自分が「神」ですからね。
でも、その「萌え」対象がないことには、
妄想も湧かないわけだから、
「支配しつつも、実は下僕」という関係なわけですよ。
ああ耽美……まんま「やおい」。
まさに、良ちゃんと野々村さんの間柄ですっ!
ああっ! そう考えると、
「悪魔~」は、そこんとこも
見事にツボをついた作品だということですね。
まいりました。

あ、でもですね。
今は、ジュリーをネタに「萌え」を語っているので、
どうしても、その妄想は「やおい」系のものに
なりがちなんで、
「支配しつつも、実は下僕」」なんて、
ドンピシャのフレーズに身悶えしたりしてますが、
でも、ジュリー以外の、
たとえば、昨今流行りの
「工場萌え」「廃墟萌え」なんかでも、
それは同じだと思います。
夕暮れの中、赤黒い空を背景に林立する工場群に
点々と灯る非常灯、複雑に組まれた鉄塔たち……
そんな風景を見れば、あっという間に心は
銀河連邦歴1025年、アンドロメダ星雲の辺境にある、
中枢からは忘れられて久しい植民星に飛び(笑)、
その打ち捨てられた機械都市を舞台に繰り広げられる、
様々なドラマ
が脳内に繰り広げられます。
そんな時、目の前の工場は、
自分の妄想の中の風景や小道具として、
現実にある本来の機能とは全然別の役割を与えられ、
武器や冷凍睡眠装置やアンドロイド製造機になっています。
その瞬間は、自分の中に取り込んだ「工場」たちを
私は支配しているわけですね。
いや、まあ、そんなにはっきりと物語を想定しなくとも、
工場群を見て、ゾクゾクキュンキュンしているときは、
その世界において、自分は「神」です。
ああもあろ、こうもあろ……と、
漠然としてはいても、
好き勝手な妄想が湧いていることでしょう。
その風景すべてを自分だけのものにし、
心の中で支配しているわけです。
しかし、その「工場」や「廃墟」や「廃線」がなければ、
そのゾクゾクはないのですよ。
説明不可能な、そして説明不要な、
その感覚を味わうために、
自分のための「工場」を求め、「廃墟」を求めて、
各地を訪ねたり、写真集を買ったり、
絵を描いたり、物語を書いたり、
または、ぼんやりと妄想に耽って
いつの間にか日が暮れていたりせざるをえない、
そんなことになっちゃうわけです。
「支配」しているだけならば、
いつでも好きな時に、その対象から離れることができるはず。
離れられますか?
離れられないでしょう。
離れられないんですよっ!
これを「下僕」と言わずしてなんと言いましょうか。
そうして、自分の時間やお金や才能や、その他もろもろ、
程度の差はあるでしょうが、
「萌え」の対象には、なにかしら
自分の持っているものを捧げることになるのですよ。

やれやれ、なんとか『萌え』談義に戻って来れた……
てなところで、つづくっ