タイガース復活コンサートが近付いてきたので、
お勉強しなきゃ、とタイガースの曲のあれこれを
ここんとこ、あらためてじっくり聴いております。

で、今までは歌詞の内容までは、
踏み込んで考えてなかったのが、
じっっっくり聴いてみるってえと、
謎な歌詞が多いよ、タイガース。

少女趣味のアイテムや言葉を散りばめて、
全体ではぽわわ〜んな雰囲気を作ってますが、
ストーリーとして考え始めると、
これが、どーにもこーにも、
これって、どういう話なの?ってな歌詞が
結構あります。

まずは「モナリザの微笑」
(「まずは」とか言ってますが、続くかどうかはわかりません)
「雨がしとしと日曜日〜」って、アレですね。
これには、「僕」「君」「あの娘」と、
3人の人物が出てきます。
普通に考えれば、「君」「あの娘」は同一人物。
雨の日曜日の夜、「君」は出掛けていて、
まだ帰ってこない。
出掛けちゃって、
「僕」の元から遠く離れていても、
「僕」「あの娘」(=「君」)の心が欲しいんだ。
「僕」は泣きながら「あの娘」の笑顔を待っている。
要するに、早く帰ってきて〜!
ってな、そんな歌?
子供か!

でもね。
このシチュエーションをよーく考えていると、
だんだんわからなくなってくるんですよ。
「君の帰りを待っていた」ってことは、
「僕」「君」は一緒に暮らしてるんですよね?
じゃあ、待ってればそのうち帰ってくるはず。
なのに、「どんなに遠く離れていても」とかって、
大袈裟すぎじゃありませんかね?
ちょっとでも離れていたくない「僕」の純情?
いやいや、一緒に暮らしてるってのに、
待ってりゃ帰ってくるってのに、
こんな、もう会えない人に言うようなこと、
言いますかね?
「涙ポロポロ」とか言って、泣いちゃってるし。
このまんまの関係ってことなら、
この「僕」は、とんだヤンデレです。
それにね、この曲が発売されたのは1967年。
その時代、男女が一緒に暮らしてて、
女性のほうが夜出掛けてて、男が待ってるって、
どういうシチュエーションでしょうか?
彼女は久しぶりの同窓会で遅くなる?
お友達とお食事会?
実家に帰ってるとか?
いずれにしろ、なんだか急に所帯染みた話です。
「涙ポロポロ」とかかわいく言ってるのを普通に聴けば、
「僕」はそんなに年食ってるようには思えません。
しかも、歌ってるのも19歳の超絶美少年のジュリーですよっ。
じゃあ、「日曜日」ってキーワードから、
日曜日だから帰ってこない「君」って考えると、
「日曜日ぐらいは家族と一緒に過ごしたいの」
とかなんとかいう不倫関係?
「あなたは帰る家が〜ある〜」って、
いきなり10年の時を超えて、
「LOVE〜抱きしめたい」の世界に突入してますが、
しかし、女性のほうが
日曜日だから愛人宅にはいられないって、
どんなぶっ飛んだ女性なんでしょうか。
これも、1967年て時代を考えると難しいです。
あと、考えられるのは、
彼女のほうが働いてるカップルってことですね。
しかも夜。
てことは、「僕」はヒモ!?
これも、四畳半神田川か新宿裏通りかって
話になっちゃって、世界観が崩壊します。
だって、「壁にかかったモナリザ」だよ?
ここは素直に洋館とか、少なくとも洋室ですよねー。

と、まあ、いろいろ考えると、
どうも、「君」「あの娘」ってのは
同一人物ではないんじゃないかと思えてきます。
それに、「あの娘」が歌詞に出てくるところ、
「どんなに遠く離れていても」のとこって転調してて、
それまでのマイナーからメジャーになってるんですよね。
それは、ここの歌詞の世界は、
その前までの世界と違う世界のことを歌ってるって、
そういうことを表してはいないでしょうか?
前半には「雨」「一人」「笑顔忘れてる」と、
なんとなーく暗いイメージを連想させる言葉が
連なっているのに、
転調して明るい曲調になり、
「どんなに遠く離れていても」って、
どんな困難があっても
「僕はあの娘の心が欲しい」って言ってんですよ。
またすぐに元の調に戻って、
「涙ポロポロ」とか言っちゃって暗く終わるんですが、
それもやっぱり、理想と現実の違いっていうか、
離れてるあの娘=理想
君を待ってる暗い部屋=現実
ってことなんじゃないですかね?
それに、「君」という呼び方って、
微妙に距離がある感じがしませんか?
親しいっちゃ親しいんだけど、
なんだかちょっと「僕」とは立場が違う感じ。
それに比べて「あの娘」は対等か、
ちょっと「僕」よりも下な立場で
そしてすごく親しげな間柄に聞こえます。
「僕」の大事な思い出の中の人の話をしている感じ。

てなことをあれこれ総合して、
「モナリザの微笑」
JUNE風耽美物語で解釈してみました。
(歌詞カードに「あの娘」とあるのは気にしません。
 歌詞ですからね。耳で聴いたなりですよ。
 私の耳には「あの子」と聴こえてましたし!)


完全に私の妄想ですので、覚悟してお読みください。




「僕」は幼馴染で仲良しの「あの子」(JUNEですので男です)と、
ずっと一緒にいようねと誓い合っていたのに、
ある時、「あの子」「僕」に納得のいかない別れを告げ、
「僕」の前から姿を消す。
裏切られたと思った「僕」は、
傷心の「僕」を慰め、
「私のもとにくれば君に不自由はさせないよ」という、
「君」の誘惑にフラフラと乗ってしまい、
気付いた時には「君」の館で軟禁生活を送ることに。

あー、設定としてはちょっと昔のヨーロッパというか、
「風と木の詩」あたりの時代背景ですかねー(いい加減)

「あの子」に裏切られたと思っている「僕」
「君」の言いなりになって暮らし始める。
勝手に出歩く自由だけがなく、
あとはなんでも願いが叶う生活。
「君」はお金持ちなんですかね)
一緒に暮らしているうちに「君」の秘密を知った「僕」
「あの子」「僕」から去っていったのは、
「君」の陰謀だったということを知るが後の祭り。
もうどうしようもないと投げやりになっている。
「僕」「君」のことを愛してるわけではなく、
むしろ憎んでもいるけれど、
それでも、ひとりぼっちは寂しいから、
雨の夜なんかは特に
早く帰ってこないかなと思ったりしてる。
陰謀を巡らしてまで自分のそばに置いておこうとしたぐらい
「君」「僕」のことを愛しているから、
「僕」がそばにいる限り、
「君」「僕」の言うことならなんでもきいてくれる。
「僕」はそんな「君」の心を弄んで、憂さを晴らしたり、
暗い喜びも知ってしまっていた。
でも、そんな時ふと思うのは、
広い野山や明るい小川のほとりで
一緒に遊んだ「あの子」のこと。
こんな贅沢な暮らしより、
「どんなに遠く離れていても」
「僕はあの子の心が欲しい」
でも、それは叶わない願い。
陰謀のせいとはいえ、
「あの子」「僕」の元から遠く離れていった。
「僕」はいつでも「あの子」の笑顔を待っているけど、
でもでも、こんな汚れてしまった「僕」にはもう、
「あの子」は似合わない。
涙がポロポロ流れてしまう。
なにもかもを諦めた、なにも映していない瞳で、
壁に飾ったモナリザを見ているじゅり
今夜はモナリザも微笑みかけてはくれない。
今夜何度目かの溜息をついたじゅりの耳に、
コンコンと窓ガラスを叩く音が聞こえる。
不審に思いながら窓を開けると、
そこには雨に濡れそぼったしょーけんの姿が。
「ど、どうしたんだ、おまえ」
「やっと見付けた。迎えに来たよ。
 俺、やっぱりおまえがいないと…」
「びしょ濡れじゃないか。こっちに入れよ」
久しぶりに会えた嬉しさを隠しきれず、
部屋の中にしょーけんを引っ張り込むじゅり
「自分勝手に別れようなんて言ってごめんよ。
 俺が悪かったよ。一緒に逃げよう、じゅり」
しょーけんは誰のせいでふたりが別れることになったかは、
知らない様子。
このままなにも知らないほうがいいのではと迷うじゅり
「なに迷ってんだよ。
 俺といるより、やっぱりこの贅沢な生活のほうがいいのか?」
「そんなことない! しょーけん……!!」
抱き合うふたりの耳に、
近付く馬車の音が聞こえる。(馬車?)
「隠れて」
カーテンの陰にしょーけんを隠すじゅり
「ただいま、じゅり」
部屋に入ってきた男の口元のヒゲを見て、
思わずカーテンの陰から飛び出してくるしょーけん
「じゅりを俺から奪ったのはおまえだったのか!」
全てのカラクリを見破ったしょーけんは、
じゅりの手を取って、窓から逃げ出す。
「待て! じゅり。しょーけん」
ヒゲが窓に駆け寄る。
雨の中、手を取り合い立つふたり。
「あんたが俺に役者のほうが向いてるとか言ったのは、
 こうしてじゅりだけを自分の手元に
 置いておきたかったからなんだな。
 あんたの言葉を素直に聞いた俺がバカだったよ」
「ごめんね。ヒゲさん。あんたのこと愛せなかったけど、
 でも、嫌いじゃなかったよ」
手を繋いで雨の中を駆け出すふたり。
「待て。待ってくれ、じゅり。
 俺はおまえの心が欲しかったんだ。
 おまえの笑顔を待ってる……
 いつまでも待ってるよおおーーー」

……………
  ……………
    ……………

あ、すいませんすいません。
いろいろ混ざりましたが(笑)、
「モナリザの微笑」はだいたいこんな話ってことで。
(そうか?




※修正(2013.11.24 13:44)
「モナリザの微笑」は1968年じゃなくて
1967年発売でしたね。
数字の修正ついでに、文章とか改行のおかしいとこも
ちょこっと直しました。





「THE TIGERS 2013」ツアーパンフ、来ました。

虎ツアーパンフ


これ見てたら、いろーんなことを考えちゃったので、
あれこれ書いてたら、また長くなってしまいましたよ。
超長文。


てか、これってツアーパンフなのか?
一応ツアーのセットリストらしきものは入ってるけど、
総ページ数292ページ?
ノンブルが入ってないんで一応枚数を数えたんだけど、
なんせこのページ数、正確なところはわかりません。
厚さ2センチでございます。
180ミリ☓180ミリの正方形という変形版。
カバーも見返しもない簡易製本ながら、
全ページコート紙のカラー印刷。ずっしり。
これで2000円は安いかもしれん。
写真はもうもう、これでもかってぐらい載ってますし、
さらに、ファニーズのころから解散までの
ライブのセットリストや、
1965年から始まる超詳しいタイガース年表も。
これは、噂で聞いたことがあるタローさんの日記から?
デビューしてからはもう、毎日の日誌みたいになってる。
忙しすぎたってのがここ読んでるだけでも伝わってきて、
こっちが息切れするレベル……ぜえぜえ。
写真は、ポスターや雑誌のグラビアに使われていて、
見たことがあるものも多いですが、
オフショットっぽい、
私は見たことないものもいっぱいでした。
圧巻は、各メンバーごとにそれぞれ見開きいっぱいに、
ぐわあ〜〜と散りばめられた写真写真写真写真………
これ、ジュリーは知り合いのデザイナーさんに
頼んだって言ってたようですが、

ほんっとうにお疲れ様でした>デザイナーさん

大変だったでしょうなあ〜〜
自分がこれをやること考えるとめまいがします。

子供のころやアマチュアのころの写真もあり、
さらに、最初と最後には今の彼らのうれしそ〜な
集合写真まで載っているという、
ファンの心鷲掴みの一冊です。
一日中見てても飽きない。
いや、本当に。
実際、昨日から私はこれを
ずーーーっと眺めておるわけですが、
何度も何度も見ちゃう。
ああ、かわいい。
なんでこう、男の子たちがごちゃっとくっついてると、
うれしい気持ちになるのか。
……ま、それを考え始めると長くなるんで、
今回はちょっと違う方向のお話です。

タイガースのころのジュリーを見てる時の気持ちと、
このあと、ソロになってからのジュリーを、
テレビの過去映像やらDVDやらYoutubeやら、
奇特な方々がネットにアップしてくださる
雑誌の切抜きやらで見る時の気持ちが、
どうも違うようだということに、ふと気付きまして、
これは一体どういうことなんだろう?
と考えちゃったのです。

タイガースジュリーはとってもかわいくて綺麗で
ドキドキもするんですが、
なんというか、遠い感じがするんですよ。
それに比べて、ソロジュリーは近い。
特に「勝手にしやがれ」から
40歳ぐらいまでのジュリーは、
もっと近い感じがする。
気持ち的に近しい感じ。
もちろんタイガースジュリーは、
年数的にもソロジュリーよりは遠いし、
なにより見た目が本当に子供ですからね。
ドキドキするって言ったって、なんつうか、
それこそ少女漫画の登場人物にときめくみたいな、
そんな感じなんですよ。
私の世界とは完全に切り離された別の世界の人。
かなり作り込まれたアイドルってこともあるんでしょうが、
そんな作り込みってことで言ったら
ソロジュリーのほうが作り込んでたわけで。
でも、
ソロジュリーは、私にとって、
少女漫画の男の子たちよりはもっと近い。
近いと言ってもそんなに親しくはないという感じ。
んーーとねえ……
小学校のころからずーっと近所に住んでて、
学校もずっと同じだったけど、特に仲良くはなかった男子…
そんな感じかなあ?

(あ、イメージですので。図々しいのは承知してますがご容赦を〜)

なんでかなあ、と考えていてピコーンと思い付いたのは、
私はタイガースのことをリアルタイムで知らないからだ、
ということです。

私は1962年生まれ。
タイガースデビューの時は5歳ですが、
そのころ、貧乏な我が家にはテレビがありませんでした。
うちにテレビ来たのは1970年ごろかな。
万博の映像は家のテレビで見た記憶があります。
あと、シャボン玉ホリデーのピーナッツさんは覚えてるので、
見てはいたんでしょうけど、
残念ながら、タイガースのことは全然記憶にありません。
実は、「君だけに愛を」を聴くと、
そのころ住んでいた家のお茶の間に置かれた
ラジオのビジュアルが脳内に浮かぶので、
たぶん、タイガースのヒット曲のあれこれは
ラジオでは聴いていたんじゃないかと思いますが、
映像としてのタイガースは覚えていません。
それに、年上の兄弟でもいれば、
そのへんの情報も入ってきていたのかもしれませんが、
私は長子。
両親も特に音楽に興味がある人達ではないので、
社会現象としては知っていても、
その音楽を聴こうとは思わなかったんでしょうし、
家で話題にもしなかったでしょうしね。
GSというものが流行っているということも、
私は知らなかったのじゃないかと思うのですよ。
なので、もしテレビで目にしても私の脳みそには留まることなく、
ツルーっと通りすぎてしまっていたんでしょうなあ。
しかし、ピーナッツさんやピンキーとキラーズ(恋の季節)は
覚えていて、歌も歌ってた記憶があるので、
そのへんは見て聴いてたってことですよね。
なのに、なんで! タイガースを! ジュリーを!
覚えてないのかっっ!!!

ああ、なんという残念な私!
本当にタイムマシンに乗って子供の私の後頭部を
叩きに行きたいものです。
ちゃんと見とけよっっ! おまえ!

私がリアルタイムで見て覚えているジュリーは、
「危険なふたり」のジュリーが最古だと思います。
1972年。わたくし10歳。
なんでそれを覚えているかというと、
あの白いジャケットを着て、ふわふわのファーを持ち、
「♪ぼっくにはでっきない〜まだあいしってるう〜」と、
くねくね歌うジュリーを見て、
うちの父親が「あんな格好で歌なんか歌えるもんか」と
文句を言っていたのと、
たぶん同時期のジュリーを見た母親が
「この人って綺麗だけど、ちょーっと顔が大きいのよねえ。
 でも、このぐらいのほうが舞台映えするからいいのかしら〜」
と言っていたので、
そのビジュアルとともに記憶に刻み付けられているんですよ。
なので、10歳のころの私にとってジュリーと言えば、
「くねくね」「顔が綺麗だけど大きい」。
(申し訳ない。でも言ったのはうちの親なのよー)
それから、ジュリーのことは、歌番組やドラマや、
漫画雑誌のグラビアや記事ページで、
私もコンスタントに目にしていて、
「ジュリー」という歌手がいるということは認識していました。
樹木希林さんの「じゅぅぅりぃぃ〜〜」は覚えてるし、
「危険なふたり」以降のシングル曲のあれこれは、
聴けば、ジュリーの歌う姿とともに脳内によみがえります。
しかし、このころの私は
漫画やアニメのほうに夢中になっていて、
ジュリーに限らず、
芸能人というものにさほど興味がなかったんですよ。

さっきの「近所に住んでる男子」に例えて言うなら、
ずーっと近所に住んでて学校も一緒だけど、
一度も同じクラスにならない人。
友達の友達からたまに噂話は耳に入ってくるけど、
遊び仲間のグループも違うし、
直接の接点はない人って感じでしょうかね。


それが急に近しく目に入ってきたのが、
「勝手にしやがれ」ジュリーです。
1977年。私が中学2年か3年のころ。
またさっきの例えで言えば、
それまではただの近所に住んでる男子で、
同じクラスになったこともなく、親しく話したこともなく、
その存在自体も忘れかけてたのが、
初めて同じクラスになったって感じ?
しかし、久しぶりに近くで見るその男の子は、
いつのまにか超人気者になっていて、
スクールカーストで言えばピラミッドの頂上に君臨する勢い。
オタクでメガネの目立たない女子である私は、
同じクラスとはいえ、仲良くなるどころではなく、
キラキラしたその姿を教室の端っこから眺めるばかり……
みたいな、そんな感じ?


「勝手にしやがれ」以降のジュリーは、
みなさん知ってのとおり、
テレビを点ければ必ずそこにいる、
ぐらいに出まくってましたし、
出す曲出す曲全部ヒット。
雑誌だって、本屋に行けばどれかには、
ジュリーが必ず載ってるって状態だったんですよ。
いかに芸能人に興味がない私ったって、
テレビ点ければ出てるんだから、見てましたよ。
次はどんな曲かな? どんな衣装かな?
ベストテンも始まったころだったんで、
今週は何位かな? って、本当に毎週楽しみでした。
中学から高校にかけての私の生活には、
特にファンではなかったけど、
いつでも近くにジュリーがいた気がします。
これは、同年代の一般的な日本人なら、
みんなそんな感じなんじゃないでしょうか。
歌謡曲ってものも、今よりずっと身近で、
しかも、ヒット曲っつうとみんな同じものを聴いてましたしね。

そんなこんな、それから10年ぐらいの間は付かず離れず、
なんとなーくジュリーを近くに感じていたような気がします。
テレビにも出ていたし、なにかと話題にもなりましたしね。
時々その存在を確認しては、「あ、ジュリーだ」と、
その時は喜んでテレビを見たり、雑誌の記事を読んだり。
そうして、リアルタイムのジュリーを見た最後が、
映画「夢二」でした。
その時も、久しぶりにジュリーを見たなっていう
感じだったかと思いますが、
それを最後にジュリーはぷつんと私の近くから姿を消します。
ま、私のほうから離れてったというだけなんですが、
それまでなんとなく近くに感じていたのが、
その存在を身近には感じられなくなってしまったのですね。
で、ほとんど忘れて17年。
実はお芝居をやっていたのは知っていたので、
すっかり舞台俳優になってしまったんだと思っていたのですよ。
私はジュリーの歌が好きだったんで、
そう思ったことでますます離れてしまっていたのです。
本当に申し訳ない。というか、もったいないことをしました。

そして、5年前の2008年の暮れ、
ジュリーは突然、また私の近くにやってきました。
またしても同級生妄想ですみませんが、
20年ぶりぐらいに出席した同窓会で再会し、
思わず「懐かしい〜」と話しかけてしまった、
という感じでしょうか。

今回のジュリー堕ちは、
この「出席した」って感じがぴったりな気がする。
前の「同じクラスになった」時は、自分の力ではなく、
学校のクラス分けで否応もなく近くに来るわけですけど、
まさに自分が「出席」して、
手を伸ばさなかったら出会えなかったもの。
これまで自分がやってきたこととは、ちょっと違うけど、
ま、こんだけ年数も経ったし、懐かしいし、
久しぶりなんだからと、こっちから声をかけてみたら、
向こうも意外に親しく「おお、元気?」なんつって、
こちらを覚えていてくれて、昔話に花が咲き、
他の同級生達も一緒にああだこうだと話してるうちに、
いつも近くにいた昔のこと、忘れていたことも、
いろいろ思い出してくるっていう、そんな感じ。


そんなふうに、「危険なふたり」以降のジュリーのことは、
同級生妄想までしちゃうぐらいに、
自分自身の過去とリンクさせて思い出すことができる。
というか、
逆に、当時のジュリーを見ると、当時の自分を思い出して、
あれやこれや懐かしくなったり切なくなったり。
だから、すごく近しい感じがするんですよ。
自分とずっと一緒に歩んできてくれたような感覚。
でも、タイガースジュリーはそうじゃない。
リアルタイムで見ていないから、
タイガースジュリーを見ても、
当時の自分を思い出すことはない。
なので、タイガースジュリーはなんとなく遠くて、
私とは違う世界の人って感じがするんですね。
でも、ジュリーとしては当然のことながら同一人物なので、
そこの違いに戸惑ってしまう。
とても仲良くなったと思っていた人なのに、
私の知らない過去のことがすごーく話題になってて、
しょうがないんだけど、
ちょっと寂しいっていうような、そんな感じ。
そこで、ジュリーは、
思い出を共有できない後追いファンの私のような者にも、
当時の膨大な画像と超詳しい年表を
このツアーパンフという形にして、
惜しげもなく手渡してくれて、
その空白の時代を埋めようとしてくれているのかもしれません。
実際には体験できなかったファン達は、
詳しい思い出話を見て聞かせてもらうことで、
当時を疑似体験することができる。
そんなような気がしています。

ああ、そうか。
だからジュリーはタイガースの再結成を
どうしてもやりたかったのかも。
ずっと歌い続けて、ずっと人気者でいたジュリーは、
いろんな時代で、その都度ファンを獲得してきたけど、
その誰もが、ジュリーの全ての思い出を
共有できているわけじゃない。
デビュー当時からずーーっとファンでいる姉様も、
ソロの時からのファンも、中抜けファンも、
ジュリーの全盛期には生まれてなかった若いファンも、
私のような中途半端な新規ファンもいる。
ソロの時代のことなら、
夜ヒットDVDのように過去の映像を出したり、
ライブで当時の曲を歌ったりすることで、
なんとか疑似体験させることはできるかもしれないけれど、
タイガースの思い出はジュリーひとりでは再現できない。
でも、タイガースがなければジュリーはなかったわけだし、
そこのピースも揃って初めてジュリーの思い出は完成する。
それをどの時代からファンになった人にでも、
みんなに見せて自分の全部の思い出を共有したかったのかも。
ま、そう意識してはいないと思いますけどね。
そうだったらうれしいなあという新規ファン心です。
でも、今回の再結成コンサートは、
当時のタイガースのコンサートに来れなかった人にも
見てほしいって、ジュリーは言ってたしね。

ええ、行きますとも。
12月3日の武道館。
それまでに、このツアーパンフを読み込んで、
45年前のタイガースの思い出を疑似体験して、
その仕上げに、今のタイガースのライブを見にいきます。
この体験は、今の私とリンクしている、
タイガースの、ジュリーの、近しい思い出になるはずです。

ものすごく楽しみです。


昨日11月4日に開催された第十七回文学フリマ
無事終了いたしました。

【稀人舎】ブースにお立ち寄りくださった方々、
本をご購入くださった方々、
本当にありがとうございました。

今回は、今までの【稀人舎通信】のような、
文芸批評などの合同本ではなく、
川口晴美さんの詩をコピー誌にして新刊としましたが、
たくさんの方に見ていただき、買っていただきました。

以下、今回の売り上げ記録。

川口晴美詩集 24部
稀人舎通信6号 10部
稀人舎通信7号 3部
稀人舎通信8号 3部
稀人舎通信9号 3部
稀人舎通信10号 4部
高2男子と中3女子の合同本 1部

都立井草高校文芸部の委託本 14部


川口さんの本は、あこがれの「完売しました」の
紙を出すことはできませんでしたが、
まあまあ思ったとおりの売れ行きだったかと。
「稀人舎通信」も既刊本としては、
よく売れたほうだったと思います。
6号から10号まで大人買いをしてくださった方が1名、
(なぜか)7号以外全部を買ってくださった方が1名、
いらっしゃいました。
ありがとうございました。

高校生の委託本は、
テーブルトークRPGをネタにした小説本ということで、
そのゲームをやってる方が多数ブースに来てくださり、
ゲーム談議に花が咲いておりました。
ありがとうございました。

「腐女子特集」の6号は安定の売れ行き。
しかし、これは2010年発行の本ですので、
内容的に古くなるようなものではないのですが、
中の座談会で語っている我々自身の感覚が、
3年経つうちに変わってきており、
また、世間一般の「腐女子」に対するイメージも
知名度(?)も変化してきてますので、
来年には、「腐女子リベンジ」の本を
出したいと思っております。

というわけで、来年の文学フリマにも、
【稀人舎】はきっと参加することと思います。
引き続き、どうぞよろしくお願いします。


さて……
文フリが終わったので、次はコミケですよ。
11月1日に発表があったんですが、無事当選しました。
月曜日 東地区“ホ”ブロック-30a
12月30日ですわね。
こちらは【稀人舎】名義の参加ではありませんが、
進行状況はこのブログで時々報告します。
がががんばります。よろしくです。



11月4日の第十七回文学フリマで頒布する
「Horror Nights/Horror Lights」

昨日、著者の川口晴美さんと
【稀人舎通信】同人の山口恵さんが
うち(稀人舎)に来てくれて、
折って重ねて止めて…の作業をし、
制作終了いたしました。

↓表紙

川口晴美コピー詩集表紙

中のページは4種類の色の紙に
草っぽいイメージの地紋を入れたカラープリントで、
↓こんな感じ。

コピー詩集中ページ

薄茶、ピンク、ブルー、ベージュと、
それぞれ10部ずつあります。
ご購入いただく時に、
お客さんに好きな色を選んでもらうようにします。
早い者勝ちですから、
お好きな色が欲しいという方は、
早めにおいでいただいたほうがいいかも。

ピンク、ブルー、ベージュの紙は、
コミック雑誌用更紙というやつで、
ちょっとふわっとした手触りです。
触って気持ちいい。
薄茶の紙は、いわゆるクラフト紙。
更紙に比べてツルッとしてますが、
ちょっと濃い目の色にしてみたら、
地紋に入れたグリーンの色がいい感じにくすんで、
美しいです。

中身は全部同じ。
印刷されている紙だけが4種類ということです。
表紙も全部同じ。カラーレーザープリンタ用の光沢紙に、
カラープリントです。
表紙合わせて36ページ。
横位置のB6版。
600円です。

↓こちらの情報もぜひ。
文学フリマ公式Webカタログ


先日「世界一美しい本を作る男」という
ドキュメンタリー映画を観てきました。
ドイツのシュタイデルという小さな出版社。
出版社というか印刷屋さんでもあるその会社は、
ゲルハルト・シュタイデルという人がほぼひとりで、
編集・デザイン・印刷・製本までをやっている。
中身の構成、本の判型、形、レイアウト、
紙やインクの種類、印刷方法……
本を作る上で必要なあらゆることにこだわって、
「モノ」としての本をひとつひとつ丁寧に作ってますよ、
というお話でした。

私は、これをボロボロ泣きながら観ました。
うらやましくて。

そういう本作りができることが
うらやましいのではなくて、
やっていること、考えていることが同じだったから。
同じなのに、ゲルハルトさんはこうして注目され、
私のような商業デザイナーは、
紙やインクや印刷方法にこだわりがなく、
妥協ばかりしていて、
人々が持っていたいと思うような本を作っていない、
だから、今の出版はダメなんだ……
と貶められたような気がして
悔しくて。

本を作っているデザイナーならたぶん誰でも、
ゲルハルトさんがこだわっていると紹介されたことは、
いつだって、なんの仕事でだって考えている。
紙はコートがいいかマットがいいか何グラムの厚さか、
インクの種類は色は匂いは、
オフセットかオンデマンドか活版印刷か、
4色か2色かプロセスカラーか特色か、
判型はA4かB5かAB版か変形か、
ページ数は綴じ方はカバーはオビは栞は花布は……
ひとつの本でいろんな可能性やいろんな方法を考え、
そして、そこからデザインを考える。

でも、いかんせん、今私がやっているような
ムック本や雑誌の仕事では、
紙やインクや印刷方法というコストに関わる部分のことは
私のような末端のデザイナーに決定権はなく、
私の手元に来る前に様々なことがすでに決まっている。
そういう流れの中でいただいているお仕事なのだから、
その中で最大限よい本になるよう、
私は自分のできることをやるだけだ。
だから、何も言わずにデザイン・レイアウトをする。
それを妥協だとか、儲け主義に毒されているとか
そんなふうに言われて、
こだわることができる環境にいる人のことを
ことさらに「素晴らしい!」と持ち上げて、
なにも言わない世界の大多数のデザイナー達は
「ダメだ」と思われるのではないかと、
そんなふうに感じられて、
「世界一美しい本を作る男」を見ながら、
私はボロ泣きしたのだ。

私だって同じです。
まったく同じことを考えて本を作ってます。


そして、おそらく世界中のほとんどのデザイナーは、
みんなそう。
本を作るときは、みんな、
紙、インク、判型、印刷方法を考えている。
考えながらデザインしている。
自分の意見が通らない部分をどうにかして、
デザイン処理で思い描くものに近付けられないか、
版面を工夫し、地紋を考え、フォントを選んでいる。
本当は色校は本紙校正を取り、
思い通りの色になるまで何度もやり直してほしい。
でも、そんなことはコストや納期が決まっている
仕事では無理な話だから、
自分が思った色や質感が一発で出るような
処理やデザインを工夫する。
そのためのノウハウを蓄積して実行している。
思い通りにいかないことも多くて、
というか、思い通りに行かないことのほうが多くて、
自分の能力不足に、まわりとの意見の相違に
悔しい思いをしたりするのだけれども。
でも。
そういうことを、あの映画を観たどれだけの人が
わかってくれるだろうか。
おそらくわかってはもらえないだろうなと思って、
泣けた。


今回の文学フリマで売る、川口晴美さんのコピー詩集
「Horror Nights/Horror Lights」は、
川口さんから、今までの詩集には未収録で、
この先も詩集としてまとめる予定のない詩を見せてもらい、
その中から「ホラー」という切り口で私が選び、
川口さんと相談しつつ構成を決め、
判型や紙、デザインを考え、
今の私の環境でできるかぎりの工夫をして作ったものです。
シュタイデル社の本とは、
規模も、かけたお金も全然違いますが、
でも、これも「世界一美しい本」です。

11月4日、文学フリマ「エ-36」稀人舎ブースで、
お手に取ってご覧ください。
よろしくお願いします。