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15日に夏コミで一日遊んで、
16日は吉川晃司の武道館で踊りまくり、
私の夏休みは終了ってことで、
おとといからはガツガツ仕事をしております。
ま、しばらく遊んでたからね。
働かないとお金がない……。

夏コミでは、なんと大人買いの方が3人も!
そのうちおふたりはお友達のおつかいってことでしたけど。
既刊本8冊に新刊本なので、合計9冊。
大人買いしていただけると結構な数と金額になり、
おかげさまで、今回は今までで一番の売り上げになりました。

ありがとうございました!

コミケは自分の楽しみでやってるんだから、
売れなくてもいいの!
とか負け惜しみを言ってましたが、
やっぱり売れれば嬉しいし、
楽しさもまたひとしお。

あー、楽しかった。

今回はタイバニと同じ日だったので、
タイバニ本も買えたし。

あ、今年は去年のような殺人的な暑さはなく、
通常の暑さでした。よかった。
うちのジャンルのあるあたりは、
あいかわらずあんまりお客さんも多くないんでね、
屋内にいるかぎりは涼しくて快適でした。
外の陽射しは暑かったけどね。



ということでこれからしばらくは仕事してますが、
コミケで売った本の通販も開始しております。
「どんな?」と興味のある方は、
Pixivのお知らせをご覧いただくか、
ツイッターアカウントのある方は、
@kijinshaまでDMかリプ飛ばしていただくか、
このブログのコメント欄に
「管理者にだけ表示を許可」にチェックを入れて、
連絡先(メアド)をご記入の上、
お問い合わせくださるか……、
こっそりコンタクトを図ってみてください。

いわゆるナマモノ同人誌で、
いろいろと差し障りのある部分もございます。
何卒ご協力のほど、よろしくお願いします。

スポンサーサイト

明日からコミケだ。わーーー。

私は1日目・明日15日(金)にサークル参加します。
15日(金)西地区“ゆ”ブロック-20b・サークル「MAREBITO」
でお待ちしております。

新刊サンプルはこちら

ああ、毎回毎回どうしてコミケは
こんなに楽しみなんだろうか。
っていうか、この準備してる間が楽しいんだよね。
今回はどんなお話を書こうかと考えて〜
原稿書いて〜イラスト描いて〜
表紙デザインして〜ポスター作って〜
売り場スペースの展示をどうするか考えて〜〜

あああ、楽しいっ!

これが当日始まっちゃうと、
もちろんあの会場の雰囲気や熱気が
楽しいってのはあるんだけど、
どうもわーわーしてる間に終わっちゃって、
あれもこれもできなかったー!とかって
悔いが残ったりするから、
やっぱ準備期間がわくわくする。
わくわく。
わくわくしすぎて私は髪の毛を金髪にしてみました(笑)。
コスプレまではできないけど、
ハレの感じを出そうかと思って(そうか?)
やらかしてます。
楽しみです。

えと、販売する本は、
いつもの18禁BL小説本。
既刊も全巻持っていきます。
大人買いしてくださった方にはコピー誌を
おまけに差し上げます。

あとは、タイバニ座談会が載っている
【稀人舎通信SPECIAL10号】【稀人舎通信改1号】
どちらもAmazonでも買えますが、
明日コミケで買ってくださった方には、
ちょっとしたおまけを付けます。

それと、委託販売もします。
百合カップルの妊活のあれこれを描いた実録漫画
「ゆりにん」
1号と最新号です。
「ゆりにん」はPixivでも一部読めます。
ご参照くださいー。

よろしくお願いします!


この記事で、
ジュリーがライブで
「ヤマトより愛をこめて」をよく歌うのは、
アニメや漫画が大好きなオタクで、
眼鏡でデブで非常に残念な中高生時代を過ごした私に、
「それもあっての今だよ」と言ってくれているんだ……

などと世迷い言を書いたせいで、
ナマハラ問題を考えつつも(笑)、
その「残念な」自分の中高生時代のことを
いろいろと思い出して、
身悶えたり腑に落ちたりしていたので、
ジュリーのことも無理矢理絡めつつ、
そのことについて書こうかと思います。
またしても長い上にほぼ自分語りです。
うざいです。すみません。


小学生のころから弟と一緒に
「ウルトラ」シリーズ(「ウルトラセブン」大好きでした!)
「仮面ライダー」シリーズほかの特撮ものや、
「マジンガーZ」「ガッチャマン」「デビルマン」などの
いわゆる男の子向けアニメを観て、
ふつうに「かっこい〜〜」と思っていた私は、
中学になって「宇宙戦艦ヤマト」にハマり、
雑誌「OUT」を購読し、SFを読み始め、
ロボットアニメ、漫画、SFなどをごちゃまぜにした
オタク道をまっしぐらに邁進し始めました。
「超人ロック」の絵を描いて「OUT」に投稿したり、
(載りませんでしたが)
「ヤマト」の乗組員、加藤三郎くんとモブの女の子の
二次創作をノート1冊分延々と書いたり、
オリジナルSFもどきを書いたりと、
真っ黒な黒歴史を紡いでいた青春でございました。
(ああ…)
主にロボットアニメを観て、
石ノ森章太郎や手塚治虫の「火の鳥」とかを読みつつ、
萩尾望都、竹宮恵子ももちろん読んでましたが、
はっきりと「男同士」を意識していたわけではなく、
(「ヤマト」の二次創作も男女カプで書いてたし。
 でも対自分の夢小説ではなかったんですよ)

ただ、その世界の住人になりたい、
古代くんたちと一緒にイスカンダルへ旅立ちたい、
一緒に闘ったり冒険したりしたい……
と思ってたような気がします。
今から思えば、
平行して読んでいた少女漫画では飽き足らない部分を
男子同士の友情とか、敵対するキャラとの葛藤とかで
補っていたんだろうと思います。

だいたい、まだ「オタク」という言葉もなく、
ましてや「腐女子」なんか影も形もなく、
「JUNE」も「やおい」もなかった時代です。
私が高校2年のときに「COMIC JUN」が創刊され、
その後「JUNE」になりましたが、
残念ながら、私はそこには行かず、
男子向け漫画やSF関連のものを読みあさっていました。
なので、自分がどういう人間なのか、
どこにカテゴライズすればいいのか全然わからず、
ただただ好きな漫画を読み、アニメを観て、
「うおおお〜〜」と内心で滾っているばかりの
中高生時代を過ごしたんでした。
「萌え」という言葉もなかったので、
自分の心情をどう表現していいかも
わからなかったんですよね。

で、そういう自分を私自身は
どういう人間と思っていたかというと、
「子供っぽい」
と思っていたような気がします。

中学生まではまだよかった。
っていうか、
たぶん中学生ぐらいまでの私は
まわりをあんまり見てなかったので、
自分とまわりの違いを
そんなに意識してなかったんだと思います。
それが高校になって、
少しはまわりが見えてくると(遅い)
どうもほかの子たちは
漫画やアニメやSFには、さほど興味がないみたいだ
ということがわかってくる。
みんな、おしゃれや彼氏やアイドルや洋楽の話をしてる。
うーーん、わからない……(笑)。
洋楽はまだしも(ビートルズは聴いていた)
おしゃれや現実の男の子の話のなにが楽しいのか、
どーもぴんと来ない。
高校時代は、
アニメの話ができる友達がひとりだけいて、
学校ではその子と再放送してた「ルパン三世」の話を
よくしてたんですが、
そういう自分たちは他の子に比べて、
「子供っぽい」んだろうなあと私は思ってたような気がする。
(その友達がどう思ってたかはわからないけど)
だって、小学校中学校ぐらいまでは、
みんなも漫画やアニメを見てたはずなのに、
(ここがよくわかってないんですが、見てただろうと思ってた)
高校生になったらそこから卒業して、
急に現実に興味を持ち始めたように見える。
でも、
小学生のころに好きだったものが
あいかわらず好きな自分は、
他の子たちに比べて成長してない、
もしくは成長の速度が遅いんじゃないか……
というふうに思ってた気がします。

「気がします」「気がします」ばっかりなのは、
十代のころのことなんて、記憶が曖昧で、
よく覚えてないからです。すみません。

時代的にそうだったのか、
特に私が行ってた高校がそうだったのかもしれませんが、
高校生にもなったら、もう大人として本人も振る舞い、
まわりも(親も先生方も)大人として扱うようなところがあって、
彼氏彼女がいれば結婚までを含めて考え、
大学に行くならその後の仕事のことも視野に入れ……
って人が多かった気がします。
田舎だったせいもあるかな。
一応進学校だったけど、生徒たちの意識は、
今のヤンキーたちに近いものがあったのかも。
早く大人にならなくちゃ、みたいな。
やんちゃは18歳まで、とかね。
そんな中で、
ルパンと次元と五右衛門の誰がいいかとか、
不二子ちゃんのスリーサイズに近付くためにはとかを
きゃいきゃい話していたり、
暇さえあれば本(それも漫画やSF)を読んでいたりする私は、
少なくとも「大人」ではありませんでした。
まわりがどう見ていたかはわかりませんが、
自分で自分は子供だなあと思っていたってことです。
「大人」ってのは、現実を受け入れて、
将来のことを考えるものだとすると、
漫画やアニメのキャラの行く末や、
その想像上の世界に自分が生きていたら…
なんてことばかり考えている私は、
やっぱり「子供」と思うしかなかったのです。

しかし、ま、これが大学で漫画のサークルに入ったら、
同じ趣味というか、わたしなんかよりももっともっと深く、
漫画やアニメを愛でている先輩方がいっぱいいて、
これは単に「子供っぽい」趣味なんかじゃなかったんだと
わかるんですが、それはまた後で述べます。
(述べるのかよ)

で、「ヤマトより愛をこめて」ですが。
(やっとここでジュリーです。お待たせしました)
ジュリーの「ヤマト」については、
ずいぶん前にこのへんの記事で、
だらだらと述べたことがあるように、
この曲リリース当時(1978年)の私は、
ジュリーに申し訳ない!
と身の縮む思いをしていたように記憶しております。

だってね、このころのジュリーときたら、
前の年の暮れには「勝手にしやがれ」でレコ大とって、
その後は
「憎みきれないろくでなし」「サムライ」「ダーリング」と
ヒット曲街道まっしぐら。
しかも、どれも歌の内容は大人〜な恋のお話で、
それを歌うジュリーはかっこよく気怠くおっしゃれ〜
だったんですよっ!
ま、今見ると「サムライ」「ダーリング」とかは、
相当おポンチな格好やら歌詞やらなんですが、
テレビのこっち側で見てるド田舎の子供にとっては、
もうもう、ずっとずーーーっと遠いところにある
「大人世界」の人なわけですよ。
今から思えば
ジュリーも人気絶頂の時だったはずですが、
中学生にとってのそのころの歌謡曲と言えば、
ピンクレディーです。
新曲が出るたびに教室の後ろでは、
あの振りを練習する女子たちの姿が。
特にファンじゃなかった私ですら、
今でも曲を聞けば踊れます(笑)。
そんなテレビの歌謡番組の中でジュリーは、
大御所とまではいかないけど、
若いアイドルたちとは違う、ちょっと別格な、
大人な歌手っていうイメージでした。
少なくとも私にとっては。
「ジュリーのファンだ」っていうと、
他のアイドル歌手のファンだっていうのとは違って、
「あら、趣味がいいわね」みたいな。
あー、洋楽のファンってのと近かったかもしれない。
それもベイ・シティ・ローラーズとかじゃなくて、
ツェッペリンとかディープ・パープルとか、そんな感じ?
(当時は知らなかったけど)
通好みってことですかね。

一方「ヤマト」は、上で散々書いたように、
「子供」な私が好きな「アニメ」です。
「アニメ」ですよっ!
今でこそ大人も観るし、
大人の鑑賞にも耐える作品もたくさんできてますが、
当時はまだ、「アニメ」つったら子供のものでした。
だからこそ、私はハマったんですしね。
「ヤマト」はそんな子供向けと言われていたアニメを
大人たちが初めて本気出して作ったコンテンツで、
そのために大人のファンも付いたんですが、
それでもせいぜい20代ぐらいまでの
人たちだったんじゃないかと思います。
しかも、やっぱりふつうの大人とは違う、
「ヤマト」ファンの大人はちょっと特殊な人種だと
思われていたと思います。
ま、「オタク」ですわね。
「ヤマト」のテレビ放映と劇場版公開当時は、
まだ「オタク」という言葉はなかったように思いますが。
世間からは隔離しておいてほしい、
という存在だったわけです。

そんな!
小さい範囲での!
子供っぽい!
アニメの!
世界に!
あの!
大人で!
おしゃれな!
ジュリーさまがっっ!!!!
(うるさい)

私の意識はそんな感じでした。
だいたいね、この歌を歌いにベストテンに出てきた
ジュリーさまの格好がこれ↓

ヤマトジュリー

(動画からのキャプチャーなんでボケボケですまんです)

なんじゃこりゃ〜〜〜!

完全にコスプレの世界じゃないっすか!?
なんのアニメのキャラですか? みたいな。
他にこーんな格好して歌番組出る歌手いませんでしたよ。
当時ピンクレディーはかなりコスプレ状態でしたが、
あれはピンクレディーってことで一貫性があった。
郷ひろみだって西城秀樹だって、
もうちょっとふつうにカッコいい衣装だったような……。
ジュリーはこの前が「ダーリング」のかわいい水兵さん、
この次が「LOVE 抱きしめたい」の、
渋いトレンチコートやら白の三つ揃えやらですよ。
振り幅広すぎ。世界観飛びすぎ。
ま、「ダーリング」は30男がセーラーカラーの水兵さんて、
それどうなの?と今なら思うんですが、
当時はジュリーの年齢なんて気にしてませんからね、
「まあ、おしゃれ」ってなもんでしたよ。
その前の「サムライ」もコスプレっちゃあコスプレですが、
軍服テイストでまだ渋かった。
そんな人が、こんな、
オスカル様なのかデスラー総統なのかわかりませんが、
原色赤! 青! 金モール!
マントやらヒラヒラやらもてんこ盛り……。
今から思えば、
これに電飾とパラシュート付けたら「TOKIO」なわけで、
「ああ、ジュリーだなあ」ってなもんですが、
当時はびっくりですよ。
ふつうに渋い大人だと思ってた人が、
いきなりアニメみたいなコスプレして、
テレビに登場したんですよ!
びっくりして私は、
「ジュリー! ごめんねーー!」
と、心の中で土下座しながら
テレビに釘付けになっていたんでした。

なんで「ごめんね」なのかと言えば、
ジュリーは「やらされてる」んだと思ったんですよ。
「アニメ」の歌を歌うってことで、
「アニメ」っぽい格好をしろと、
誰にかはわかんないけど、
お金を出している偉い人に、
札束で頬を叩かれて(これは今だったら萌えますが)
不本意ながら、
こんなポンチーな格好をさせられてるんだと。
普段は大人な世界で大人な歌を歌っているのに、
こんな子供向けのアニメの歌を歌わされた挙句、
テレビではこんな格好をさせられるなんて、
いやだよねー、つらいよねー、
それもこれも、「ヤマト」が妙に人気が出て、
金に物を言わせて(かどうかはわかりませんが)、
劇場版なんかを作っちゃって、
当代人気ナンバーワンのジュリーに歌を歌わせたら、
話題になるんじゃなんて、誰が考えたかわかんないけど、
そんな大人たちの事情でもって、
仕事なんだからって、やらされて……。

ジュリー、ごめーーーん!

と、まあ、そんな気持ちだったんですが、
それと同時に、
それまでは誰に認められなくともいい、
子供っぽくても女の子らしくなくても、
私はこれが好きなんだからと、
ひっそりこっそり楽しんでいた、
言ってみればアンダーグラウンドな趣味が、
ジュリーがそんな格好をしてベストテンなんて、
超人気歌番組に出ちゃったおかげで、
白日のもとに晒されちゃったじゃん!
恥ずかしいじゃん!
しかも、きっとジュリーも不本意に(と決め付けていた)
こんなことをやらされてるとみんなが知ってしまった。
どーしてくれんだよーー!
ってな気持ちもあったかもしれません。
だって、ジュリーって言ったら、
世の中の人みんなが知ってるし、
大人な人たちも見てるし聴いてるし。
今までそんな人たちには「アニメ」なんていうものは
存在しないものとされてきたと思ってたんですよ。
そんな、大人にはわからない世界を
子供だけで楽しんでいたのに、
ジュリーがこんな派手派手な衣装で、
エンディングテーマを歌ってくれちゃったら
見付かっちゃうじゃん!
大人の人たちに見付かっちゃって、
そんなの観るのはやめなさいって言われちゃうじゃん!
っていう感じだったでしょうか。
誠に身勝手なオタク心としか言いようがないですけどね。

今から思えば、こういう私の心の動き自体が、
いろんな方面に対して本当に申し訳ないことでした。
このところ折に触れて、
【稀人舎通信改1号】の座談会で話した、
「腐女子は隠れてろ/隠れなきゃ」問題を
うだうだと考え続けていますが、
中学生だった私のこのへんの気持ちは、
結構これに近いものがあったのかもしれません。
子供っぽい、大人になれない自分が恥ずかしい、
だから隠れていたい、暴かないでほしい、みたいな。

でな、ここからが本題なんですが(ここからかよ)

私はそんな、子供っぽく、できれば隠しておきたい
と思っていた(らしい)趣味を継続したまま
大学生になりまして、漫画のサークルに入りました。
「同好の士を求めて」なんていうつもりもあったかどうか、
よく覚えてないんですが、
あんまりジャンルを限定しない、
活動の仕方を強制しないところらしいという理由で選んだ
そのサークルには、とても真面目に楽しげに、
漫画やアニメやSFのことを語りまくる先輩たちがいっぱい。
あれ?
でもこの人たちは別に子供っぽくはないぞ……。
というわけで、漫画アニメオタクのままでも大人になれる、
ということを私は大学で学び(笑)、
それから30年余り、
リアルな生活に忙殺されていた、
本当に大人な時期もありましたが、
漫画アニメ好きは心の中にずっとあり続け、
近年は「腐女子」というカテゴリに
自分を収めることもできて、
今では、なんとも居心地よく
子供っぽい大人をやっておるわけです。

で、さらに5年前に突然ジュリーに堕ち、
こんなだらだらと長い「萌え談義」などを
ジュリーをネタにして書き散らしなどして、
楽しく過ごしているんですよ。

それで、この5年の間にあれこれと
ジュリーのやってきたことを知ったり、
ジュリー語録を読んだり聞いたりしていると、
ジュリーは、私が中高生のころに思っていたような、
遥か彼方の「大人世界」の住人というわけではなく、
どちらかと言うと、
子供っぽい世界の人なんじゃってことが、
だんだんとわかってきました。
私がびっくらこいて、
かわいそう! 恥ずかしい!
とか思ってしまった「ヤマト」の衣装に
言及している記事は見当たりませんが、
「勝手にしやがれ」の帽子を投げるのも、
「Oh! ギャル」の化粧も、
「TOKIO」のパラシュートも、
ジュリーが自分で提案してやったという話から推測するに、
そんなにイヤイヤやってたわけじゃなかったのかな、と。
(今ググったら衣装デザインはデザイナーの花井幸子さんが協力したらしいですね)
さらに、衣装の話じゃないけど、
「ヤマト」の歌を歌うことが嬉しかったって、
2008年に放送したラジオ「ジュリー三昧」でも
語ってたんですよ。
え?
う……、うれしかった? ほんと?(疑い深い私)
「ヤマト」の歌はいろんな人たちが歌っていたから、
この話が来たときは、「きたきたきたー」と思った、とか。
ほんとか?
まだ疑ってますが(笑)、
でも、考えてみれば、
「ダーリング」のときは、当時大人気だった
ピンクレディーに対抗するために、
子供でも真似できるようにと、
あの腕を振ったり指を舐めたりする
アクションを考えたとか言ってたし、
当時、人気を保つためには子供にウケないと、
という戦略を持っていたということなんだろうなと思います。
あの衣装も、子供向けってことなら納得ですよ。
原色! キラキラ! ヒラヒラ! 豪華!
って、アニメのキャラっぽくてわかりやすい。
…ということは、
私が「子供っぽくて恥ずかしい」と思ってたところに、
ジュリーはどんぴしゃに合わせてきてたってことですね。
ああ、それなのに、
大人世界の人が無理矢理こっちに来させられてる〜
とか思ってて、ほんともったいないことをしました。
(ジュリーに関してはそんなことばっかりですよ)

さらに、同じ「ジュリー三昧」の中でだったと思いますが、
化粧したり派手な衣装を着たりするのを、
渡辺プロの社長とかの大人の人たちは、
「そんなことはやめなさい」
とやめさせようとしたけど、ジュリーは
「大人が『やめろ』と言うってことはいいことなんだ」
と思って、そういうことばっかりをやってたって
言ってたんですよ。

これですよ、これ!

私が中高生のころに「子供っぽい」と思って、
これじゃダメなんじゃないかと思っていた自分を
全肯定していただきました!
思えば、私がジュリーに「萌え〜!」と叫んだり、
アニメのキャラにキャーキャー言ったり、
一日中漫画を読んでいたり(それも何度も同じものを)
毎回コミケにサークル参加したりしているのって、
いい大人から見たら、
っていうか、私の中の大人な自分から見たら、
「やめなさい!」
ってなことばっかりなんですよ。
現在51歳の私は、
「そんなことよりもっと大人な趣味や態度があるでしょう」
と内心眉をひそめていたりする。
でもね、
私の中には、ゼロ歳から50歳までの私もいて、
その蓄積が今の私を形作ってるわけで、
51歳だけの私ではないんですよ。当たり前ですが。
子供のころから積み重なっている子供成分で、
今の私の大半はできている。
なので、51歳の私が「やめなさい!」と
眉をひそめて言っても、
その他の子供成分多めの私は
喜んでいることが多いんですね。

で、ジュリーの
「大人が『やめろ』と言うってことはいいことなんだ」
ってお言葉を知ってからは、
なにかおもしろそうなことがあったときに、
私の中の大人が「やめなさい!」と言うかどうかを
考えるようになりました。
で、「やめなさい!」と言いたくなるようなことは、
やったらおもしろいこと、
おもしろいと人に思ってもらえるようなことだと、
判断の基準にしているわけです。

そういう目で見ると、ジュリーってのは、
本当にずーっと「やめなさい!」の連続で(笑)。
タイガース時代、かわいく小首をかしげて歌ったり、
PYGではショーケンといちゃいちゃして見せたり、
ドラマで半裸になってみたり、
映画で原爆作ってみたり真田くんとチューしてみたり、
帽子を投げてみたりパラシュート背負ってみたり、
自分の尻の写真をアルバムジャケットにしてみたり、
衣装におっぱい付けて歌ってみたり、
超絶美貌をあえて手放してみたり(?)、
60歳で80曲を歌ってみたり、
「サリーがサリーが」と自ら萌え爆弾を投下してみたり、
66歳でナマハラ見せて歌ってみたり(笑)……。

大人の私は「やめなさいー!」と声を枯らし、
もうもう、私の中の「子供」は大喜びでございますよ。
で、ライブの締めには、私が子供のころに大好きで、
映画を観て号泣していたその場面で流れた
「ヤマトより愛をこめて」を歌ってくれる。
「子供のころに好きだったものは
 そのまま持っていていいんだよ」

と本当に言ってもらえているような気持ちになります。
ジュリーの教えに従って(違)、
ずっとこのまま子供道を邁進する所存でございます。

ありがとう! \ジュリー!!/


という長い長い自分語りでございました。

こんなのを最後まで読んでくださった方、
本当にありがとうございましたーー!







夏コミ新刊出ます。
15日(金)西地区“ゆ”ブロック-20b・サークル「MAREBITO」
でお待ちしております。

サンプルはこちら



ジュリーのナマハラを見るとなぜ嬉しいか問題。

「問題」ってほどのことか?とも思いますが、
この前のエントリでちょこっと書いたら、
ぼや〜っと考えていたことがちょっと形になりまして、
もう少し語りたくなったので、語ります。
長いです。

いつものようにお断りしときますが、
これは私個人の意見ですので、
「私はそれとは違う意味でジュリーのナマハラを喜んでいる」
という方も当然いらっしゃると思います。
もしくは
「ファンだけど私はナマハラ見たって嬉しくない」
という方もいらっしゃるでしょう。
それは個人の自由です。
ジュリーとはそういう存在なんですよ。

受け取る側がどんなふうに受け取ってもいい存在。

ああ、いや……、沢田研二さんという実在の人がではなく、
「ジュリー」というイメージを背負った、
いわば架空の存在がそうであるという意味ですけどね。
「ジュリー」とは、見る人の数だけのイメージを背負い、
そしてそれを受け入れてくれる、そういう存在だということです。
なので、ここで「ジュリーが」「ジュリーが」と言ってる時の
「ジュリー」ってのは、私にとっての「ジュリー」っていうことです。
あしからず。
あいかわらずの言い訳が長くなりましたが、
ジュリーのことをこういうふうに見ている人もいるんだなあ
というぐらいに思っていただけたら幸いです。


で、なんで66歳ジュリーのナマハラが嬉しいのか。
……の前に、若いころのジュリーのことを。

前にこのへんの記事で書いたように、
ジュリーは男性でありながら、
若いころから(おそらく子供のころから)、
あの容姿のせいで、
女性のように一方的に見られ、外見だけであれこれ評価され、
消費される存在としてずっとやってきていたために、
そのメンタリティは女性に近いものがあるように、
私には思われます。
というか、
女性側の立場に立つことを厭わない、
と言ったほうがいいかな。
メンタリティはものすごく男っぽい部分があるようだし。

以前、私の友人は、ジュリーのことを
「女が持っている男気を持っている男」
と評したことがありますが、まさにそれ。
別に「女っぽい」というわけではなく、
男には違いないんだけど、
普通の男が持っていないような、
女の潔さとかある種の開き直りのようなものを
持っているような感じがする。

「男気」「女っぽい」など、フェミ的には非常に心苦しい言葉遣いをしておりますが、ここでジェンダーに絡んだ言葉の使われ方からやっているとややこしくなるので、わかりやすく世間一般で使われてる言い方をします。
と言い訳しておきますすみません。



そんなジュリーをファンの女性たちはどう見ていたか。
もちろん、自分(女)に対する「男」として見て、
いわゆる乙女萌えをしていた姉様たちも多かったと思いますが、
私は、そんなふうな「自分の相手」としてよりも、
もっとゆるーい感じの「仲間」のような感覚が
ジュリーに対してはあるんですが、
そんな感じはしませんかね?
ま、これは私が完全に後追いファンで、
リアルタイムのジュリーを知らないせいかもしれませんが。

あの栗本薫御大が、
「沢田研二のような存在になりたかった」
と言っていたように、
ある種の女性(主にのちに腐女子と呼ばれる人たち)にとって
ジュリーは自分(女)の相手として憧れる外側の存在ではなく、
自分がなりたい、内在している憧れなんです。

そんなジュリーが、主に女性のファンたちの前で、
「♪ぷぷっぴどぅ〜」と女優のセクシーポーズを真似、
ヒップラインを強調してみせたり、
乳首をチラ見せしてみせるのは、
「君たち女性はこんなふうに男たちに見られてるよね」
「今日は僕をそんなふうに見てもいいよ」
ということなんじゃないかと思うんですよ。
要するに、
「みんなで、男たちのセクハラ視線をパロディにしちゃおうよ」
ということ。
ジュリーとファンの女の子たちは、
その場では親密な共犯関係を作っているように思えます。
言葉にはしなくともそれは、
ライブ盤に収められた、客席やジュリー自身の
温かい笑い声や拍手でそうとわかる。
ああ、その場にいたかった。

ファンは綺麗なジュリーを見ながら、
世間一般で言う「女」というイメージを
ジュリーと一緒に安心して消費している。
一方的にジュリーを消費するだけじゃない、
まさに共犯の関係性がそこにあったと思うのですよ。

ジュリーは決して女の子を女であるということだけで
消費したりしない。
それどころか、逆にジュリー自身が見られる立場になることで、
自分を消費していいよと言ってくれる。
いくら見られても、男であるジュリーの本質は
決してすり減ることがないから。

女は、基本的に男や世間が一方的に作り、
押し付けてくる女性像を演じることを強制されているために、
その外側から与えられたイメージと自分自身との齟齬に疲れ、
すり減っていくことが多いですが、
ジュリーにはそういった世間一般から押し付けられるイメージがない。
アイドルや歌手としてこうあるべきみたいなものはあったでしょうが、
女が女であるというだけで背負わされている妙なイメージはない。
でも、一方的に見られる側という女性の立場は経験している。

そんなふうに、別に女っぽいわけじゃなく、
ちゃんと男であるにも関わらず、
限りなく女の側に寄り添ってくれる存在、
それがジュリーだったわけです。

そういう存在って、他にいますかね?
当時の綺麗な男の芸能人で言ったら、
美輪明宏とかピーターとかいましたが、
彼らはジュリーよりももっと女性寄りなイメージでした。
世間的な扱いも女性枠だったような気がする。
美輪明宏は完全に女性の格好をしていたし、
ファンも男性が多かったような気がするんですが、
そんなことないですか?
(子供すぎてそのへんよくわからんのよ)
ジュリーは圧倒的に女の子のファンが多かったし、
男性でジュリーが好きだという人も、
ジュリーを女性に見立てて
「好きだ」と言っているわけではなかったように思います。
最近ですが、
「俺達、ジュリーになら抱かれてもいい」
とかいう見出しの雑誌の特集もありましたしね。
女の側からの「仲間」として
ジュリーのことを見ている立場としては、
抱かれるのはおまえ(男)かよ!
というツッコミを入れたくなりますが、
でも、ジュリーはどう見ても「男」であると考えると、
男性のファンから見れば、そういうことなんでしょうなあ。

男気のあるタイプの女優さんなら、
似たような存在の人もいるかな。
桃井かおり、夏木マリ、緑魔子とか?
(若い子はわかりませんすみません。)
「男ってこ〜んなのが好きよねえ」
「馬鹿よねえ」
ってことを彼女たちは見せてくれて、
一緒に笑ってくれている。
でも、彼女らは実際に女性の身であるために、
そういう仕草が完全にパロディにはなりえなくて、
どうしても本物の男たちのセクハラ視線がつきまとってしまう。

その点ジュリーは違います。
女をセクハラ視線でしか見られないようなマッチョな男どもは、
まさに自分たちが性的に消費している女たちのような
格好や仕草をするジュリーを馬鹿にして、
「キモチワルイ」とか言うんですよ。(アホか)
ジュリーはそんな男たちを
ファンの女の子たちと一緒に笑い飛ばしてくれるんです。

はーー
フェミ関連のことを言い始めると長くなってすまんですが、
そんなわけで、ジュリーって人は、
自分を女性に見立て、
ファンの女の子たちを女を眺めるおっさんに見立てて、
一緒に楽しんでしまう遊びを
教えてくれたんではないでしょうか。
ジュリーもファンも無意識にでしょうけどね。
(その遊びがエスカレートしてJUNE→やおい→BLと、
 着々と腐女子という人種が育っていったわけですが、
 そこを語り始めるとまた長くなるのでまた今度)


んで、その「無意識」ってとこがキモでして。
そんなふうにジュリーがうっふんあっはんしてるのを見ると、
楽しい嬉しいということを刷り込まれたファンは、
今でも、ジュリーがチラ見せするナマハラに、
「いいもの見せてもらったなあ」と、
まるでおっさんのようにぐへへと多少下品に喜んでいるわけです。
この「多少下品」というところも重要で、
普段の生活でやらかしたら眉をひそめられるようなことも、
ジュリーと一緒なら大丈夫。
だって、私達と共犯の「ジュリー」なんですから。
それは、後追いファンでも若いファンでも同じ。
ライブという特殊な空間(ジュリーは「異空間」と言ってたようですが)
でのみ許される、ジュリーとファンとの楽しい共犯関係です。

そんでもって、最近では、
ジュリーが年を取ってモフっているということも、
この共犯関係に拍車をかけてるんじゃないかと思うんですよ。
こないだの大阪だったかのライブのMCで、
自分が太った理由をあれこれ述べたあとに、
「私はもう諦めました。お客さんも諦めたらしいです」
とか言ってたらしいですが、
これもまた女性の側に立ちまくりの発言ですよね。

私も含めた中年以降の女ってのは、
ただ年を取っているというだけで価値が下がるんですよ。
腹立たしいことに。
今の男中心の社会では。
年齢という自分ではどうしようもないことで、
「価値」が下がったと思われてしまう、この理不尽!
「価値」ってなに!?
私の価値は年齢だけかよっっ!(怒)
年を取れば老けるし体型だって変わるよ。
若いころのまんまだったら化け物だよ。
そんな怒りやイライラもやもやに対してジュリーは
「いやだよねえ」
「でも、そんなのもういいじゃーん」
と言ってくれている。(ような気がする)
そんなわけで我々ファンは、
66歳ジュリーのお肉のついたぽよんとしたナマハラを見て、
「いいもの見せてもらった〜」
と喜ぶわけです。
今度は男どもからのセクハラ視線にプラスして、
おばさんに向けられる視線を笑っちゃおうってことですよ。
「年だからなんだっつーの!」
「若くないからってなめんなよ」
ってことをジュリーと一緒に言ってるですね。

なめんなよっ!

だから、あれはぽよんとしてるからいいんです。
今のジュリーの腹が筋肉で6個に割れてたりしたら、
そんなの見ても嬉しくないし、
今ほどのファンではいない気がする。
っていうか、そんなふうに体型維持に務めているジュリーとは、
もう共犯関係ではいられない気がする。
ファンの女の子たちに向かって、昔も今も
「みんな一緒だよ」って言ってくれてる
ジュリーが好きなんですから。

っていうか、もうね、
最近のライブのMCは完全におばちゃんたちの
女子飲み会ノリですからね。
「私も昔は綺麗って言われてねえ」
「見せるところだらけだったけど、
 今はどこも見せるとこなんてないよ」
「もう諦めたわー」
「なんか、まわりも諦めたみたい」
「もうだるくって、更年期かしら」
「そんな年はもう過ぎたでしょ(笑)」
とかねとかね(笑)。
楽しすぎる。
「更年期かしら」ってのは、
去年のツアー中のどこかで実際に言ってたことで、
なんだか私はそのジュリーの言葉で、
すんごく慰められたというか、嬉して涙出そうでした。
まさに先輩女子に「大変よねー」と
共感してもらったような、そんな感じ。

でもま、もともとがあの顔ですからね、
今も相当ハンサムなおじさまだと思うんですよ。
特にこのところ禁酒してた(らしい)せいか、
大宮あたりではお顔のラインがシュッとして、
昔の面影がチラチラしてヤバイんですが、
常にあのハンサムおじさまジュリーで、
体型もほっそりしたままだとしたら、
なんかもうドキドキしちゃって乙女萌えしかできなくなる。
それはそれでいいのかもしれませんが、
私は今の共犯者ジュリーがとても好きなので、
お顔は今ぐらいのシュッと加減を維持して、
お腹はぽよんで維持しててほしいです。
わがままですみません。

でもま、この先のことはわかりませんからね。
もしジュリーがもっと年取って、
今度は鶴のように痩せた爺ちゃんになったとしても、
それはそれでまた違う共犯関係を結ぶことになると思うので、
そのときを楽しみにしていようと思います。
なんにせよ、年齢に逆らって筋トレしたり顔をいじったりしないで、
「私は諦めました」
と言っているジュリーなら、
(というか、あの性格でいる限り筋トレも整形もしないでしょうが)
どこまでもついていって、
ナマハラを見てぐへへと喜んでいたいと思います。


ああ、またしても長文になってしまった。
全然まとまってない感じですが、
私が考えるジュリーのナマハラ問題、
ちょっとはおわかりいただけたでしょうか?




夏コミ新刊出ます。
15日(金)西地区“ゆ”ブロック-20b・サークル「MAREBITO」
でお待ちしております。

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7月は13日の渋公、17日のかつしか、27日の大宮と、
3回もジュリーのライブに行って、
きゃーきゃー叫び、
その合間に夏休みをいただいて、
避暑地でタイバニDVDを観て、
きゃーきゃー言ってるうちに終わってしまい、
はっと気付くと、もう8月も3日だ。
あらびっくり。
1ヶ月のうちに3回もジュリーのライブに行ったりしてると、
やっぱり時間が経つのが早いです。

大宮できゃーきゃー言ったのも、もう1週間前。
私がレポも書かずにうかうかしてるうちに、
ジュリーは大阪、宇治と、
着々とツアー日程をこなしていらっしゃいます。
各地のレポをネットを徘徊して読むのも、また楽し。

私は、かつしかでは6列という良席をいただきまして、
しかも、かつしかシンフォニーヒルズのステージは、
渋公とかに比べると低いみたいで、
なんか、同じ6列でも妙に近く感じました。
やっぱ近いとぽわ〜んてなるよね。
ぽわわ〜〜ん……

でな。
渋公では、そういうことはなかったと思うんですが、
かつしかでは、「世紀の片恋」の前にシャツの裾を
ズボンから出す時に片方が引っかかってですね、
こう〜、ちょうど三角形にお腹が露出されてたんですよっ!
それを6列目で拝ませていただき、
ああ、いいものを見たなあと思っていたら、
大宮でも同じシーンで、同じように、
しかもかつしかよりも大きな面積で露出してまして、
私は大宮は二階席だったんですが、
その瞬間、私のまわり4〜5人が、
スチャッと双眼鏡を構えてたのには笑いましたね(笑)。
「世紀の片恋」はノリのいい曲で、
普通はみんな双眼鏡覗くよりも、
踊ったり手拍子したりしてるんですけどね。
スチャッと双眼鏡www
もちろん私もすかさずスチャッと構えましたとも。

ていうかさあ、
なんで66歳おっさんのお腹を見たってだけで、
こんなに嬉しい気持ちになるのか……。
去年も、シャツが汗で張り付いて乳首が透けただの、
やっぱり裾から腹が見えただの、
ジュリーのコンレポでは、たくさんの人達が報告してたんですが、
なんで??
なんかこう、お得感があるっていうかね、
そんな気がするんですけどね。

私はずっと、男子どもが女子のパンチラを喜ぶ気持ちが
全然わからん!と憤っておったんですが、
もしかして、それと同じような心理なんですかね?
でも、なんで嬉しいのかはやっぱり全然わかりません!
これが30歳ジュリーならわかるけどさー、と言う、
ジュリーファンじゃない方もいましたが、
なんかそれも違うような気がする。
30歳ジュリーのナマハラが見えても、
今のジュリーのぷよんとしたナマハラを見たのと
同じような気持ちで嬉しくなるような気がするんですが、
そんなことないですかね?

ジュリーは男性なので、
本来なら乳首が見えようが上半身裸になろうが、
別に問題はないはずなんですが、
(ま、そのシチュエーションとかはありますけど)
なーんか、ジュリーの場合は、
イケナイものを見たような気がしちゃうんですよ。
それも、女性の裸を見た時とはまた違った、
「イケナイもの」な感じなんですけどね。

ソロ初期のライブ盤で、
ふざけて「♪ぷぷっぴどぅ~」とか
歌ってるのがあるんですが、
会場のきゃ〜〜!って声を聞くに、
おそらくストリップの真似事をやらかしてるんじゃないかと。
んでもって、
「ヒップラインにご注意を」とか言っちゃってるし。
これもおそらく客席にお尻向けてるよね。
ジュリーのお尻もきゃ〜〜!ですもんね。
なぜかはわかりませんが。
そんな20代の頃のジュリーのあれこれを見た
姉様たちと同じ気持で、
今のジュリーのナマハラにも、
私たちはきゃ〜〜!と言ってるんではないかと思うんですが、
んなことないですか?
性的なものももちろんあると思うんですが、
それは、たぶん見ている自分(女性)に向けられた、
男性としてのジュリーの性ではないと思うんですよね。
さっきの、ジュリーファンではない人が言った、
「30歳ジュリーの腹ならわかる」は、
ジュリーを女性に対する男性と見ている発言だと思うんですが、
いろいろ考えていると、どーもそれとは違うような。
ま、もちろんそういう目で見ていたファンもいたと思いますが、
今に繋がるナマハラきゃ〜〜!は、なんか違う。

なんなんだろう? この人は。

なんてなことをずっと考えていたら、
8月になってしまっていました(笑)。






あ、27日の大宮翌日には、
コミケの新刊を印刷屋さんに入稿しました。
これでなにも問題がなければ、
今年の夏コミは新刊出ます。
15日(金)西地区“ゆ”ブロック-20b・サークル「MAREBITO」
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