私がタイバニオケコンで
「バニーちゃん!」と盛り上がったり、
(泰輝さんがピアノ弾いてたんですよ!)
ぼんやり本を読むシルバーウィークを過ごしている間、
ジュリーはなかなか大変なことになっていたらしく…
22日の神戸で「熱があるんよ〜」と言っていて、
25日の札幌では「(前日の?)夕方には38度9分」で、
声もいつものようには出ていなかったとか。
それから1日置いての仙台。
大丈夫かなーどうかなーと、
ファンみんなで心配しつつレポを待っておりましたが、
声は「言われなければわからない」レベルで、
「快方に向かっております」とのこと。
あ〜〜、よかった〜〜〜〜。

っていうか、
ジュリーはバケモノのような体力と喉の持ち主とはいえ、
やっぱり67歳。
この先も長く歌い続けてもらうためにも
具合が悪かったらきちんと休んで無理はしないでほしい。
今回のツアーがグレースの入院手術のために
1カ月遅れの開始になっても、
ファンのみんなが暖かくそれを受け入れたように、
ジュリーならなおのこと、
体調不良でライブが中止や延期になったとしても、
みんな、早い回復を祈りつつ心配しつつ、
戻ってきたらそれまで以上の喝采で迎えると思うのよ。
なので、ジュリーは
「ステージに穴空けるなんてお客さんに申し訳ない」
と思ってるかもしれないけど、
そんな心配しないで、ちゃんと養生していただきたいなと
そう思う次第でございます。
ほんと大事にしてクダサイ。


私は、今期ツアーは、
8月17日の初日フォーラム、29日の大宮、
そして、9月16日のティアラこうとうと、
これまでに3回行きましたが、
全然レポできなくてすみません。
自分用に「ふあっ!」と思ったとこを
ツイッターにメモするのが精一杯でございます。
申し訳ない。
だって、私の幻覚幻聴てんこ盛りのレポよりも、
正確で詳しいレポ上げてくださってるブログさんたちが
たくさんいらっしゃるし…(言い訳)
つうか、ライブ終わったあとは、
私自身がそれらのブログを回って、
自分のザル記憶を補完して
ニヤニヤするのに忙しいんですよ(言い訳その2)

今ツアーのセトリは、新曲以外は
すべて加瀬さん作曲の曲ばかりなわけですが、
このラインナップを聴いてると、
ほんとに加瀬さんのジュリー愛は深いなあと思います。
加瀬さんがジュリーに書いた曲はバリエーション豊かで、
そしてそれは、
ちゃーんとその時のジュリーに合った曲になっている。
その時代に生きてるその時の年齢のジュリーに合う曲を
書いてくれているんですよ。
「あのころのジュリーがよかった」とか
「自分が好きなジュリーはこう」とか、
そういう押し付けたところがない。
加瀬さんは、その時その時のジュリーを
ちゃんと見てくれて、
ジュリーのやりたいこともわかって、
いつでも一番の理解者だったんだろうなと思います。

加瀬さん、ありがとう!

そして、ここでも書いたように、
初日のフォーラムでは少なかったMCも、
回を重ねるごとに増えてきて、
加瀬さんとの思い出話の中には、
「なんですって!!?」という萌え話も炸裂させつつ、
以前のジュリー漫談が戻ってきたようで嬉しい限りです。

で、その「なんですって!!?」話のひとつに、
あちこちで何度も嬉しそ〜にのたまってる
「加瀬さんは僕に気があったんですよ〜」
「僕のことが好きだったんですよ〜」

があるわけですが、
これを実際に聞いたり、
言ったというレポを見かけるたびに、
私は
「そんなこたみんな知ってるよ!
 てか、今ごろ言ってんじゃねえ!!!!!」

と、ゴロゴロ萌え転がりながら、
あちこち蹴飛ばしまくりたくなるんですが、
みなさま、そんなこたないですか?
ほんと、なんかもう、

そらそうでしょうよっっっ!!!!!! 

今さらなに言ってんだよ、まったく!


て叫ぶしかありません。ほんとに。

てかさー、
加瀬さんとずっと一緒だった20代30代のころは、
そんな加瀬さんの気持ちにジュリー自身気付いていても、
きっと全力で気付かないフリをしてたんじゃないかと
思うんですよ。
あのころの美麗ジュリーのことを好きな人(男)は
身の回りにたーくさんいたでしょうし、
いちいち対応してたら身が持たない(意味深)。
それに、いくら仲良しとはいえ、
加瀬さんの「そういう気持ち」には応えられそうもない…
ってなわけで、ジュリーは加瀬さんとは、
仕事上は頼りになる先輩・プロデューサーとして、
プライベートでは仲良しのお兄ちゃんとして、
「そういう気持ち」には気付かないフリをして、
付き合ってたんじゃないかなーと思うんですよねー。
小悪魔ですわな。うひひ。
自分でも無意識にやってたことかもしれませんが。

ま、妄想です。

それが、加瀬さんが亡くなって、
こうして追悼ツアーをやって、いろいろ思い出して、
加瀬さんとの楽しい思い出話をしていくうちに、
かつては気付かないふりをしていたことも
今では懐かしい思い出のひとつになり、
「僕に気があったんですよ〜」
というお言葉になってぽろっと出ちゃったと、
そういうことじゃないですかね。
我々ファンにそんなふうに話してくれるのは嬉しい限りですが、
今ツアーに付いて回っているという加瀬さん(霊)は
(ティアラこうとうでジュリーがそう言ってましたのよ)
それを聞いて、
「俺の気持ちに気付いてたんなら、
 当時も、もっと! なんとか!!」

って歯ぎしりしてるんじゃないかなーなんて思ったり(笑)。
でも、パリのホテルでの看病アゲインてことで、
今回のジュリーのこともきっと
一生懸命看病してくれたんじゃないでしょうかね。
25日の札幌では、パリで看病してもらったときに、
「加瀬さん、好き…」って言いそうになった
なんて、また破壊力抜群の発言をしてたみたいですが、
今回は加瀬さん(霊)にちゃんと言ってあげたんでしょうか。
言ってあげてたらいいなあと思います。

そんなこんなの萌え爆弾発言てんこ盛りで
楽しすぎる今ツアーですが、
このツアーが始まるまでは、
私は正直、ちょっとジュリーのことが
わからなくなっていたんですよ。
(ヒヨッコファンの言うことですからご容赦を)
前にも書いたように、私は、
ジュリーはファンとの共犯関係を楽しんでいる、
そういう関係性をファンにも楽しませてくれている、
と思っていたんですけどね……。
去年のフォーラムでは、
勢いで言ったことだとは思うけど、
「こんなことが続くならもう歌わなくてもいい」
とまで言ったり、
その言葉を裏付けるかのように、
正月コンではそれまでとは打って変わった
極端に少ないMCとか、
ファイナルではヘンな掛け声に過敏に反応したりと、
どーも、ファン(客席)と距離を取ろうとしているような、
そんなふうに思えちゃって、
それでも歌ってさえいてくれるならばいいのか?
と思ってはいたんですが、
やっぱり寂しい気持ちには変わりはありませんでした。

だってさ、ジュリーのライブは、
ジュリーの歌と鉄人バンドの演奏を聴きにいくのが
一番の目的だとはいえ、
その歌っている時、演奏している時、そしてMCでの、
ジュリーや鉄人さんたちの様子を見て聴いて、
「ふあっ!」とか「ぎゃー!」とか「ほきゃー!」とか
心で、時には声に出して叫び、手を叩き踊り、
ジュリーと一緒に笑い、大騒ぎして、
終わったあとにはジュリ友さんたちと、
「ねえねえ、今日のあれさ〜」
「うんうん、かっこよかった!」
「萌えだった〜」
とキャーキャー言いつつ笑い合いたいんですよ。

そう、笑いたいんですよ。

アホなことを言ったり、
不用意な(?)萌え爆弾発言をしたり、
ナマハラ出したりチクビ浮き出させて歌ってる(笑)
ジュリーを見てキャーキャー叫び笑って、
そんな自分のことを
「アホだなあ」と笑い飛ばしたい。
そうして、「あー楽しかった」と、
また地味な日常に帰っていきたい。
そしたら、しんどいこともある自分の地味な日常も
笑い飛ばして生きていけるような気がする。
そして、願わくばジュリーも同じように
笑っていてほしい。
以前は、ジュリーも、
そんなふうに自分を笑い飛ばしてもいいよと、
そう言ってくれてるんだと私は勝手に思っていたんですが、
それが、正月コンが終わった時点では、
もうそんな関係じゃない、
いつまでも俺に甘えてんじゃねえって、
ジュリーに言われたような気がしてたんですね。
うええん。

しかし、そんなちょいと頑なな態度を
誰かになにか言われたのか、
自分で思うところがあって反省したのか、
加瀬さん(霊)が魔法をかけてくれたのか…、
最後のが一番有力な説ですが(笑)、
なんだかいつの間にかスルッと元通りに。
また一緒に笑っていいんだと、
そんなふうにジュリーがまた言ってくれてると
思えるようになりました。
加瀬さんが作った
いろんな時代のいろんな年齢のジュリーが歌った曲を
今のジュリーが歌うのを聴いて見て、
昔のジュリーに姉様たちが叫んだようにキャーキャー叫び、
ずっしり重い新曲を聴いていろんなことを考え、
「老人デスヨー」というジュリーの話に笑い、
加瀬さんの思い出話をするジュリーと一緒に
涙ぐんだり笑ったり……
そんな2時間ちょっとのライブの時間を過ごし、
そうして、それらすべてが「楽しかったー」と言える。
本当によかったです。

客席(というか私)は、まだちょっと緊張気味で、
場違いな掛け声がかかったりすると
ピリッとしてしまうこともありますが、
きっとこんなふうなことを50年近く繰り返して、
今のジュリーとファンの関係は築かれていったのでしょう。
私が去年のフォーラムのあとに落ち込んでいた時には
たくさんの姉様がたに
「大丈夫よ」と慰めてもらいましたが、
その歴史(?)にちょこっと触れさせて
もらえたような気もします。
ほんと、ヒヨッコですみません。


私の次のジュリーライブは10月2日と4日。
渋公ラスト3デイズのうちの2回です。
これは、いろんな意味ですごく楽しみ。
渋公は、10月4日を最後の公演として、
建て替えのために閉館します。
そのほんとにほんとの最後のステージが、
ジュリーのライブなんですよ。

あのですね、渋公=渋谷公会堂というのは、
田舎で育った私ぐらいの年代の者にとっては、
ものすごい憧れの場所だったんですよ。
私がまだ実家にいた子供のころ、
テレビの公開番組のいくつかは
「渋谷公会堂から生放送!」だったんです。
「紅白歌のベストテン」とか「トップテン」とか、
ドリフの「8時だよ!全員集合」もそうでしたね。
テレビの中の場所なのに、
公開放送だから、
行こうと思えば一般人も実際に行くこともできる、
生放送だから、
私がお茶の間でテレビを見ている今この瞬間に
あの場所ではこんなことやあんなことが繰り広げられている…
そんな、いわば夢と現実の交差する場所
「うぎゃー! 私もあそこに行きてえ!」と、
テレビの前で指をくわえる子供、それは私。
客席には修学旅行の団体が来ていて、
「今日は◯◯中学校のみなさんがいらっしゃってます〜」
と毎回紹介されるのも憧れでした。
残念ながら私の中学の修学旅行は
東京じゃなかったので、行けませんでしたが。
そんな思い出の会場に、
ジュリーに堕ちたことで、
毎年、何回も(笑)通うことになり、
そうしてその最後のステージに立ち会うことになるとは…
テレビの前で指をくわえていた子供の私に、
「あんたは40年後に、渋公のラストステージを
 観ることになるんだよ」
と教えてあげたい。
きっとびっくりするし、信じてもらえないかも。
いや…、そんな素敵な未来があるんなら、
もっとがんばってみようと思えたかもしれない。

そんな子供のころの私のためにも、
渋公ラストステージ、楽しんでこようと思います。


たまにジュリーのことを書こうと思うと、
長くなってしまいますね。
だらだらと長い話を最後まで読んでくださって、
ありがとうありがとう。

【続きを読む】



夏コミが終わってすぐに
自家通販の手配などしつつ、
「双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがらvol.6」
のデザインをして、
引き続き、芦田みゆきさんの個展に合わせた写真集
「Border」のデザイン&印刷データ作り。
平行して、仕事で単行本の装幀とDTP作業をしたり、
ジュリーの大宮ライブで盛り上がったり、
ジュリ友さんたちと遊んだりしてたら、
あっという間に8月が終わり、
ぼんやりする暇もなく、
9月8日からは芦田みゆきさんの個展が始まり、
「双花町について〜」の紙版の物販もあるしねとこじつけて、
人の個展なのに大きな顔をして平日は毎日店番などをし、
12〜13日の週末は地元の祭りで、
揃いの印半纏を着て神輿の周りをうろちょろして、
今日は筋肉痛やら神輿担いだ時の打撲で、
身体中いてててて…となりつつ、
ざくざく洗濯しております。

はーー、そんなこんなであっという間に
9月が半分すっ飛んでいきましたよ。
このあとも、
16日はジュリーのティアラこうとうでのライブ、
19日はタイバニのオーケストラコンサート、
20日はそれのライブビューイングと、
遊びの予定は目白押しですが、
とりあえず、私自身が出動しなきゃいけないイベントは、
11月23日の文学フリマまではない……かな。

しかしその「第二十一回文学フリマ東京」では、
【稀人舎通信】の新刊は作りませんが、
今のところ、個人誌を3冊、
稀人舎プロデュースで作って販売する予定です。
ミニ詩集が2冊(そらしといろさんとセキサトミさん)と、
山口けいさんの【おいしい時間】のvol.3
どれも私デザインなので、
それの打ち合わせやら編集やらデザインやらは
これから11月にかけてやらねばなりません。

【稀人舎通信】のような、
いろんな人に座談会に参加してもらったり、
アンケートを集めたり、
原稿を書いてもらったりする
同人誌作りもとても楽しかったのですが、
さすがに12冊もやってるとちょっとマンネリというか、
もっといろいろなことをやりたい欲が出てきまして、
どうしようかなあと考えたときに、
【稀人舎通信】のような雑誌形式の本に、
いろいろな記事が詰まっているものとは違う、
いろんな形の個別の「本」を作って並べるというのも
おもしろそうだと思いました。

そんなふうに考えていたときに、
【稀人舎通信】をやっている間に繋がった方々が
ぽつぽつと「個人誌を作りたい」と言ってくれて、
それが、去年の秋に出した川口晴美さんのミニ詩集だったり、
山口けいさんの【おいしい時間】だったり、
今年の春に出した川口晴美さんとそらしといろさんの合同誌
【詩は萌えているか!?】だったりしたのです。
んで、それを見たそらしといろさんやセキサトミさんが
「私もミニ詩集を作ってみたい」と言ってくれて、
今回は引き続きの【おいしい時間】を含めた、
3冊の個人誌の発行予定となりました。

詳細は決まり次第、
このブログや文フリのWebカタログに掲載していきます。


電子書籍関連や販売委託関連のことなど、
いろいろと気になっているけど、
乗り遅れていることがたくさんあります。
私の容量不足で、
個人版元としてはなってないなあと思いますが、
こうして「本を作ってもらえないか」と
声をかけてもらえるのはありがたく、嬉しいことなので、
がんばって作ります。

相変わらず迷走しっぱなしで、
この先どうなるのか、どうしたいのかわからない
「稀人舎」ですが、
当面は、こんなスタイルで本作りをしていこうと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。



Facebookのノートに投稿したのだけど、
シェアやらリンクやら、Facebookのやりかたがよくわからんので、
こっちにも同じものをアップします。




【双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.6】が発売になり、
この長いタイトルの長い詩と膨大な枚数の写真のコラボKindle本が、
ようやく完結しました。
vol.1の発売が去年の8月末でしたから、ちょうど1年。
開始当初から、6巻構成で2ヶ月に1回の発売にして
1年間かけてやろう、という計画でしたので、計画どおりです。
途中、諸事情からvol.3のあとが数ヶ月空いてしまい、
1年では終わらないのではとも思ったのですが、
vol.4、vol.5、vol.6と怒涛の刊行で、当初の予定どおりに収まりました。
真面目なわたしたち(笑)。

この、コラボレーションという形で関わらせていただいた
【双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら】で
私がやったデザイン作業では、
今までにない経験もさせてもらい、いろいろとおもしろかったので、
なにがおもしろかったかをだらだらと書いてみたいと思います。
長いです。

このKindle本は、川口晴美さんの長編詩と芦田みゆきさんの写真を
私=小宮山裕が組み合わせデザインして作る…という、
詩と写真とデザインのコラボレーションですが、
「こういうのを三人でやらない?」と、
芦田さんからお誘いをいただいた当初は、
私は自分の「デザイン」という役割を
そんなに重要なものだとは思っていませんでした。
なんといっても、
ふたりの詩と写真がなければ成り立たない作品なわけですし、
私はそのふたつをふたりの要望を反映させつつ、
できるだけ効果的にかっこよく配置していけばいいんだよね、
ぐらいの気持ちでした。
まあ、言ってみれば、
通常のビジュアル重視のムック本の仕事と同じかなー、
と気軽に引き受けたのです。

しかし、始めてみて早い段階で
「ちょっとこれは、いつものようにはいかないみたいだ」
と気付くことになりました。

なんせ、川口さんの詩は
「詩」ってだけでもよくわからない(すまん)のに、
加えてミステリー仕立て。
しかも、私は始めた当初は全文を読んでなくて
(というか完成してなかった)
vol.1からvol.3まではその都度、
掲載分だけをもらうというやり方でしたので、
冒頭で少女が殺された事件はどう解決するのか、
というかそもそも解決なんてするのか、
「あなた」はその事件にどう関わっているのか、
こっちの「わたし」とあっちの「あたし」は同一人物なのか別人なのか、
こっちのシーンとそっちのシーンの時系列は同じなのか違うのか……、
なんにもわかりません。
その巻ごとシーンごとに、まさに詩を読むように、
そこにある言葉だけからイメージを受け取り想像し、
自分だけの「双花町」を作り上げていくしかない状態でした。

さらに、そこに絡める芦田さんの写真は、
想像の余地がものすごくたくさんあるタイプの作品たちです。
揺れていたり滲んでいたり、
「これはなにを写したものなんだろう?」というものもあります。
写っているものはなんだかわからないけど美しい、とか、
不穏な感じがする、とか、イメージだけが見える、みたいな。
なので、写真のほうも、なにが写っているかとか、
どういうシチュエーションで写したものか、みたいなことはあまり考えず、
まるで「詩」を読むように、
そこに「見える」ものだけから私が受ける印象で勝手に解釈し、
川口さんの詩と組み合わせていくしかありません。

というか、私が最初に考えていたのは、
川口さんと芦田さんはどちらも自分の作品を
「こう見せてくれ」「ここにはこういうビジュアルで」
というふうにこだわってくるだろうから、
その調整をして、いい落とし所を見付けるのが
私の仕事だろうということだったのです。

そ、れ、が!

ふたりとも自由すぎというかなんというか……。
川口さんはワードに打ち込んだ素のテキストデータ、
芦田さんはファイル名もデジカメで撮ったなりの画像を
フォルダにどさっと詰め込んだものを送ってくるだけ。
私が「なにか要望は?」と聞いても、
「小宮山さんの自由にやって」と言うばかりでした。

はっきり言って、丸投げ!(笑)

川口さんに至っては、詩では重要なものなんじゃないかと思われる
改行も改ページも「好きにしてー」と言う始末。

いいんですかい!?

というわけで、
私は勝手に「ここだ!」という箇所を抜き出して大文字にしたり、
1行だけ別ページにしたり書体を変えたり、
写真を分割して載せたり、文字のバックに敷いたり、
半調にしたりぼかしたり色を乗せたりと、
本当にやりたい放題をさせていただきました。

とは言っても、今読み返してみると、
vol.1のときはさすがに様子を見ながらやっていて、
詩と写真の関係も(たぶん)普通にわかる範囲で組み合わせてありますし、
なんとなくおとなしい感じがします。
それが、「え? ここまでやっていいの?」「これもあり?」と、
vol.2、3と続くに連れてだんだんと大胆になっていきました。
私が勝手にあれこれやることをふたりが快くおもしろがってくれたことも、
とても嬉しく、もっといろいろやってやろうという気持ちにもなれました。

そんなふうにしてvol.4までを作ってみて、
その作業工程を考えてみたときに、
いつもの仕事でやっているデザイン作業とは違う思考回路がおもしろいなあと思い、
それについてはブログにこんな長文【双花町の作り方】を書きました。
きりきりと考えて考えて、考えたあとに一旦忘れて頭の中を緩め、
その緩んだ状態で組み立てていく。
自分で文章にしてみて、
改めて「ああ、そうだったんだ」と認識できたような気がします。

その自分発見的なことは非常におもしろかったのですが、
実はこれを書いたことによって、このあとに問題が発生してしまいました。

vol.4からvol.5の発売の間隔は1カ月しかなく、
ということは、vol.4を完成させてKindle用のデータを芦田さんに送り、
ひと息ついてあれこれ考えたことを上記の【双花町の作り方】に書いた……
と思ったらもうすぐにvol.5の作業に取り掛からねば、
って感じだったんですよ。
平行して7月5日のポエケットで販売した【紙版2】の制作もやってたし。
そういう状況でvol.5を作ろうとしたときに、
どういうことが起こったかというと…… 

私は【双花町〜】をどうやって作っていたのか
わかんなくなっちゃったんです!

「わかんなくなっちゃった」というのとはちょっと違うかもしれないけど、
以前のようには作れなくなってしまったんですよ。
あとから考えると、
それまでの【双花町〜】の作り方を言葉にして文章にしてしまったことで、
「最初は脳内で説明をつけつつ考える」
「そのあとは考えたことを緩めて直感でレイアウトしていく」
以外のことができなくなってしまったんです。
言霊ってオソロシイですね。

さらに平行して作っていた【紙版2】は、
私のデザインに対する考え方を
目に見える、手で触れる形にできたということで、
とても刺激的な作品にできたと思うし、
私のひとつの到達点でもあったなあと思うのですが、
その具体的な「モノ」としての【双花町〜】を作る工程にも
縛られてしまったのかもしれません。

そのときのことをのちに川口さんに話したところ、
「ムカデがどの足から動かすとか考えると歩けなくなるみたいな?」
と言われたんですが、まさにそんな感じ。
考えても考えても、以前のようには深く入っていけない。
「緩める」ってどうやるんだっけ?……

思うに、【双花町の作り方】では
「最初は脳内で説明をつけつつ考える」
「そのあとは考えたことを緩めて直感でレイアウトしていく」と、
その工程を言葉で規定してしまったのですが、
おそらく私は「説明をつけつつ考える」「緩める」以外のことも
無意識でやっていたんですね。
言葉では説明のできない、
もっとうすぼんやりとした「衝動」とか「イメージ」のようなものが関わっている。
それは私のこれまでの50年間の人生経験(大したことはないけど)だったり、
それなりの積み重ねからくる自分でもよくわからないイメージの連鎖だったり、
たぶんそういうことのほうが、
自分で言葉やモノで規定した作業工程よりも重要な要素だったんじゃないでしょうか。
でもそれは言葉にするのは難しいので、文章を書くときには削ぎ落としてしまう。
そして、そうしたことによって、
削ぎ落とされた言葉にならないことはなかったことになってしまい、
実際にできなくなってしまう。
ま、私の不徳の致すところが大半なんですが、
つくづく自分は言葉とは違うところで
デザインということをやっているんだなあとわかったことでもありました。
それがわかってなかったから、言葉に振り回されて、
それまでできていたことができなくなったりしたわけですけどね。

ま、今だからそんなふうに、また言葉にして言えるんですが、
vol.5作成中はどうして以前のようにはできなくなっちゃったのかわからなくて、
私はウンウン唸ることになりました。
それでもどうにかこうにか形にし、なんだか納得はいかなかったのだけど、
とりあえず川口さんと芦田さんに見てもらおうと、チェックに出しました。
そしたら、芦田さんからは
「表紙の狂った感じが全体にほしい。
 リアリティよりも、どこか外れていってしまった感じ(がほしい)」
川口さんからは
「ちょっと全体的に弱いというか、インパクトが足りないのかも」
というお返事が。
ああ、やっぱり……と思うと同時に、
芦田さんの「狂った感じが全体にほしい」というお言葉に、はっとさせられました。
まさにその「狂った感じ」というのが、
上で書いた、言葉にならない「衝動」や「イメージ」だったんですね。
これまではその「狂った感じ」があったから、
強くインパクトのあるデザインができていた、
言葉で考えているだけじゃダメだったんだ、とわかった瞬間でした。

そういう作業工程でのやりとりで目が開かれる経験をしたことも含めて
コラボレーションだと思うので、
【双花町〜】に参加させてもらえてそういう経験ができたことは、
本当によかったと思います。ありがとうありがとう。

芦田さんからは「私のセレクトが単調だったような気がする」とも言っていただけて、
vol.6用にと準備していた写真も何点かvol.5に使っていいよーと出してもらい、
私も心を入れ替えて(?)なるべく言葉に囚われないようにと気をつけつつ作り直し、
そうしてvol.5はどうにか完成したというわけです。
ちゃんと「狂った感じ」になっているでしょうか…。

この工程は苦しかったけど、
デザインについていろいろなことに気付けたという意味では
とてもおもしろく有意義な経験でした。
私は「デザイン」という仕事は、クライアントや編集さんに、
どうしてこういう形なのか色なのか組み合わせなのか、
「説明」ができないとダメだとずっと思っていて、
それは基本的には今でも変わらないのだけど、
「説明」以外のものも重要なんだと今回のことでわかりました。
「説明」だけで作られたデザインは、人にアピールする力が弱い。
その「説明」を理解し納得できた人にはウケるけれど、
納得できない人には受け入れられない。
でも、「説明」以外の言葉にならない要素がうまくデザインにハマり込んでいると、
その言葉にならない部分を人々はそれぞれ勝手に解釈し
自分の好きなように受け取ることができる。
そういうことで多くの人にアピールし、
それを見た人はそれぞれが「自分で」説明を付けようと考え始める。
その上でデザイナーの説明を聞くと、
「そういう意図があったのか」と納得しつつ、
自分はそれにこういう意味も見ることができたと、
そこからさらに広げた解釈ができる。
いわば、デザイナーと見る人とのコラボレーション。
見られることによってデザインが完成するみたいな、
そういうのが「いいデザイン」なんじゃないでしょうか。

齢53、デザイナー歴30年にして遅すぎる気もしますが、
まあ、気付けただけでもよかったかなと思います。

んで、そんな難産なvol.5を経ての完結編vol.6は、
もう「説明」だの「考える」だの「緩める」だの、
そんな言葉で決め込んだ工程は無視して、
衝動の赴くまま、作りたいように作りました。
「無視」と言っても、シリーズものですから、完全に無視するわけにもいかず、
それなりに考え方のようなものはvol.1〜5のやり方を踏襲しつつだったのですが、
【双花町の作り方】で書いたような工程はあまり意識せず、
考えたいときに考え、手を動かしたいと思ったら動かし、
脳内を緩めたいときは緩め、緩めないで考えるときもあり…という感じで、
作りながらその工程もやり直している感じ。
完結編ということで、デザイン作業自体も
vol.1〜5の総集編のようなものだったのかもしれません。

そもそもvol.6は、それまでの謎が一気に解かれていく解決編という、
それまでとはちょっと違った趣きもあり、
vol.5までと同じように作るのが難しいなあというのは
作り始める前から思っていたことでした。
しかも、解決編とはいえ、やっぱり「詩」なので、
果たしてこれは「解決」と言えるのかどうか、
この人物とその人物の関係性は本当はなんだったのか、
あのシーンとこのシーンの繋がりは?……
読んでいると「なるほど、そうだったのか!」と思うのですが、
読み終わってしばらくすると
「あれ? どうだったっけ?」と不安になる……そんな「詩」です。
そういう意味でも、vol.6ではそれまでの作り方とは違うやり方で、
一層、謎は謎のまま「狂ったような感じ」だけを意識して作ったような気もします。

vol.6には、1〜5に使った写真をサブリミナル的に使おうということは、
最初からなんとなく考えてはいたんですが、
最後の方「b’」パートの怒涛の3ページはやっていて思いついたもの。
しかも思いついたときには文字は入れないつもりだったのだけど、
やってみたら、「夢は繰り返し囁くだろう…」からの三連が
ぴったりそれぞれのページにハマって、これはなんとも気持ちいいページになりました。
この、vol.1から5までの写真が溢れて、
まさに【双花町〜】の物語を繰り返し囁かれながら駆け抜けているようなイメージから、
最後の「a’」の白いストンと落ちていく感じまでが見事にハマり、
そしてその白いラストから続く奥付ページの、
黒い枠の向こうにホテルのロビーとその向こうの窓の外が見え、
しかも傾いている写真がとどめを刺して、
完結編にふさわしいかっこいいデザインになったなあと思います。

現物を見てもらえると嬉しいです。

【双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.6】

と、長々と書きましたが、そんなふうにして私がデザインした
【双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら】はvol.6で完結しました。
川口さん、芦田さんとのコラボもこれで一旦終わったわけですが、
芦田さんはこの【双花町〜】を元にした写真展“Border”を来週から開催します。

Facebookページ

この写真展は、
「双花町を出た私が、1度ゆっくりと目をつむり、
 再び見開き、その先に見えてきた光景です。」とのことで、
私もそんなふうにその先の光景を見ていけたらいいなあと思うのです。

写真展には私も8日から11日までの昼間は店番として行っていようと思っています。
上でもちょっと書いた
【双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら paper version 2】も
会場で販売します。

お時間ある方はぜひお立ち寄りください。