小説ブログ、ぜえぜえ言いながらも続けております。
これを定期的に読んでくれている方は、
アクセス解析見ると、だいたい5~10人くらい。
この中には私が
「読まなくてもいいから毎日ランクリしろ」
と強制した友人・知人も含まれているので、
純粋な読者様は、2~7人てとこ?

う……寂しい……(涙)

「読者がひとりになっても、ひとりでもいるうちは続ける」って、
「ぼくちゅう」くろわっさんのお言葉じゃないけど、
どんなに読者様が少なくとも続けようと思ってます。

でもね。
私が続ける理由は、
その「読者がいるうちは……」てのとはちょっと違う、
ってことに最近気が付きました。

たぶん、私は読者がひとりもいなくなっても続けると思う。
今のように毎日更新とか、
もしかしたらブログで発表という形式じゃなくなるかもしれないけど、
でも、この物語が終わらないうちはやめられない。

なんでかって言ったら、うーんとね……
今書いている「素戔鳴流離譚」と「葦原を流れゆくモノたち」ですが、
どっちも登場人物はだいたい同じですね。
スサノオくん、サギリちゃん、ジヌミくんに、
サギリの母ちゃんのヒルメ、
それに、スサノオくんの父ちゃん、母ちゃん、ツキミ、ミトちゃん……
その他いっぱい。
その登場人物たちのために、やめられないなあと思うんですよ。
こいつらは、当然、私が自分で考え出したキャラクターなわけだけど、
物語が進むにつれて、どうも、こう~
自分が考えたキャラとは思えなくなってきちゃったってーか。
彼らには彼ら自身の他の人生がちゃんとあって、
私は、その彼らの人生の一部分を勝手に切り取って、
私がおもしろいと思った物語の中に閉じ込めちゃった、みたいな、
そんな気がしてきちゃったわけです。
まあ、それは妄想に過ぎないんだけど、
でも、もう彼らは私の中に別人格としてリアルに存在してる。
今私が進行させている物語をちゃんと終わらせて、
ちゃんと彼らをこの物語から解放させてやらないと、
彼らは、この狭い世界の中に閉じ込められたまま、
永遠にどこにも行けず、成長もできないままになってしまう。
だから、やめられない。
ちゃんと最後まで書いて、
「じゃあね」「じゃあな」と、彼らに言わせてやらないと、
きちんとエンドマークをつけてやらないといけない気がする。
そんな気持ちで、今は書き続けているんですよ。

まあ、素人物書きの勝手な思い込みですけどね。
人によっては、そんなのはキモイと思うのかもしれませんが。
オタクがアニメのキャラに恋するのと似てるし。
でも、私の中での決着ということなんで、
その決着が付くまでは続けます、ということです。

だから、お話がおもしろい、おもしろくない、ということは
あんまり重要じゃないんだよ、という言い訳でもあったりして。
えへへ。
 
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コメント
この記事へのコメント
わかるわかる
そう。自分が生み出したキャラクターたちなんだけど、付き合いが長くなるにしたがって、勝手に考え出したり動き出したりするんですよね。

で、小説っていう枠のなかにおさまりきらない、彼らの人生っていうのがちゃーんとあって・・・。

よくわかります。
2007/08/23(Thu) 21:20 | URL  | 月澤黎 #-[ 編集]
月澤さん、こんばんは
わかってもらえて嬉しいっす。
そうそう、今まさに「勝手に動き出す」っていう、そんな状態なもんで、自分でも次になにが起こるのか楽しみにしながら書いてる、みたいな感じです。
お話の大筋はもちろん決めてあるんですけどね。こまかいところが、そのときの登場人物たちの勢いで決まっていったりして、それで話がなかなか進まなかったりしてます。
2007/08/23(Thu) 22:17 | URL  | 「稀人舎」ゆう #Enj21zdQ[ 編集]
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