えーと、
この間から
ジュリー萌え~~
などと、46歳おばはんがアイタタな発言を繰り返し、
お見苦しいことと存じますが、
そんなら、もののついでに、
ジュリーをネタに「萌え」談義をしちゃおうかと、
かように企ててみました。
今度作る予定の「稀人舎通信・3号」には、
「キャラ萌え論」を書く予定でもいたので、
今、「萌え」「萌え」言ってるジュリーで書けば、
筆も進むってもんじゃね? と。

最初は、大津皇子「キャラ萌え論」やろうと思っていて、
大津皇子関連の資料もひと通り読んだりしたんだけど、
やっぱ、ちょい固くなりそうだしね。
大津皇子のことは知らない人の方が多いだろうから、
それ説明するだけで、かなりの誌面が必要になりそう。
それに比べて、昔はテレビ出まくりのスーパースターで、
今、一部で人気が復活しつつあるジュリーでやった方が
食い付きはいいかなという目論見です。おほほ。
現代の一定年齢以上の日本人なら、
沢田研二・ジュリーを知らない人の方が少ないでしょう。
うまいこといけば、
そのうちジュリーと大津皇子も絡めていくかもしれません。
(絡むのか? そんなの……)

で、まあ、
ブログの更新もしないといけないし、
「稀人舎通信・3号」に載せる記事を書くための
ネタ出しというか、メモみたいな感じで、
ここにダラダラとジュリー「萌え」について
思い付いたことを書いてみようかと思ってます。
たぶん長くなるので、何回かに分けます。


そんなわけで、第一回目の今日は
そもそも「萌え」ってなんですか?
です。

「萌え」談義、「キャラ萌え論」なんてもの自体が、
すでに「遅いよおまえっ!」とツッコマレそうな、
それほどに、もはや世の中に浸透した感のある
「萌え」という言葉ですが、
浸透してしまったがゆえに、
その意味するところは、とても曖昧になってしまっています。
使う人ごとに違う意味があると言っても過言ではない。
でも、なんかに対して、
「萌え~」
と言ってしまうことで、
もうそれが分かってしまうような、
そんな言葉にもなっているわけです。
先日のエントリでも、
>便利な言葉だから、つい使っちゃったけどさ。(反省
と書いたように、
現在「萌え」はとても便利な言葉になってしまっています。
なにか好ましい対象のことを
「萌えるんだよ」と言ってしまうと、
なんとなく「ああ、萌えるのね、そうなのね」と
分かったような気になってしまいますね。
危険です。
まがりなりにも「論」などというものを
展開しようとするのなら、
「萌え」を定義しなければなりますまい。

で、私なりの多少強引な「萌え」定義ですが、
それには、「妄想」の有無が重要ポイントになります。


てなところで、引きを作りつつ

つづく
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