「ジュリーをネタに『萌え』談義」の2回目でございます。
1回目はこちら
連載になってますので、
「その1」「その2」……と、
順番に読んでいただいた方がよいかと存じますよ。

ところで、今年しょっぱなのこのエントリ
読んでいただければ分かるように、
私は昔からのジュリーファンではなく、
おととし(2007年)の阿久悠氏の追悼番組で覚醒したはいいけど、
その後、今ジュリーには行かずにいたのが、
こないだの「ジュリー祭り」をやったというニュースを聞いて、
あらためて今ジュリーにも目覚めたという新参者です。
(なのでドームには行ってません…)
今、過去40数年間のジュリーの歴史を辿り、
YouTubeやニコニコ動画、ファンサイトを巡っては、
ニマニマするのに忙しい毎日を送っております。
昔からジュリーに注目していて、
貴重な音源や映像、エピソードの数々を
惜しげもなくネットにアップしてくださっている
お姐様方にはいくら感謝してもしきれません。
おかげで、こんな遅れてきた新規ファンの私でも、
若い頃のガラスのジュリーも、
ヒット曲連発のスーパースタージュリーも、
ちょい貫禄の40代~50代ジュリーも、
まるで、同じ時代にいるように
観たり読んだりして楽しむことができ、
さらに、
こんな「ジュリーをネタに『萌え』談義」なんてことも
できちゃいます。
本当にありがとうありがとう。


えーと、で、前回の
そもそも「萌え」ってなんですか?
の、つづきです。(前フリが長っ)

Google先生に聞いてみたところ、
「萌え」について、こんな解説がありました。

「何かに対して、不十分な情報を補って、
 好きになるという美意識」


うーん……、半分同意、かな?
「不十分な情報を補って」というのは、同意。
ただし、
「萌え」という感情は、
その対象からのなんらかの反応を期待するものではなく、
自分の中だけで完結するものなので、
かならずしも正しい情報を必要とはしないのですよ。
みんな(ってのもまた難しいけど)が知っているはずの
ポイントだけおさえておけば、あとは、
ぶっちゃけ「正しくない情報」でもよいのです。
だから、その「補う」というのは、
外から新たな情報を得るのではなく、
往々にして「自分勝手に」補うものなのです。
それが「妄想」というわけですね。
そう、「萌え」には「妄想」が不可欠です。

ジュリーでいえば、
たとえば、
ザ・タイガースの前身である
ファニーズっていうグループで
大阪のライブハウス(ジャズ喫茶?)に出ていたとき、
そこにゲストとして呼ばれて来ていた
内田裕也にスカウトされたっていう
エピソードがあるんだけど、
実際どんな言葉を掛けられたのか、
ジュリーにだけ声を掛けたのか、
それともファニーズみんながいるところで
なにか言われたのか、とか、
そんな詳しいことはわからない。
わからないから、
ジュリーと内田裕也が、ずっと仲良しで、
ふたりでコンサート(今でも!)をやったり、
一緒にドラマに出たりしていたという
「事実」から、
内田裕也は、ジュリーだけに声を掛けたのではと、
推測し、その場面を「妄想」で補うわけですな。


てなところで、
次回「妄想」実践編へつづく
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