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「ジュリーをネタに『萌え』談義」の5回目でございます。
1回目はこちら
連載になってますので、
「その1」「その2」……と、
順番に読んでいただいた方がよいかと存じます。
あ、カテゴリ(『萌え』談義)から辿っていただいてもいいかも。
よろしくです。




「萌え」の定義がとりあえず確定したところで、
そんじゃあ、
「萌え」と「好き」はどう違うのさ?
てなとこから「萌え」の本質へ迫ってみましょうかね。
あ、いや……、迫れるかどうかはわかりませんが……

なんとなく、私としては、
「好き」が高じたものが「萌え」であると、
まあ大雑把にいえば、そんな風にとらえてもいいかな?
とも思いますが、
でもですね、
いくら「好き」が高じても「萌え」にならないものも
あるっちゃあるんですよ。
「萌え」には「妄想」が不可欠と、
これまでのエントリでさんざん言ってますが、
要するに、
その「妄想」が湧き起こるかどうかが、
その分かれ目ってことですね。
ここでは「萌え」を中心に語ってるんで、
どうしても「好き」が「高じて」とか、
「好き」よりも「萌え」が「高い」ところにあるような
言い方になっちまってますが、
別に高低とか優劣とかつけられるもんじゃないです。
でも、まあ、
まずは「好き」がないことには、
「妄想」も湧かないので、
「萌え」は「好き」に含まれると言ってもいいかもです。

20~30代ジュリーには、
前出のように、妄想湧きまくりの私ですが、
こっちのエントリで書いたように、
還暦ジュリーには、
今のところ、まだ妄想は湧かないんですよ。
(「まだ」ですけどね!
 そのうち湧く予定、つーか、湧く予感)

てなところで、
「萌え」ではないとか言いながら、
次回は、還暦ジュリーへの愛を語り倒す予定。

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