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ジュリーにうつつを抜かしているうちに、
仕事(本業のデザインの方ね)が大変なことに
なってきてまして……
ちょと来週くらいまでは更新が滞ります。

ところで、
「うつつを抜かす」って、
「うつつ」つまり「現実」を
「抜かす」=「すっ飛ばす」っていう意味なんだよね。

なんか「ぬかす」って語感が
「なにぬかす、おんどるぅああああ!」
っていうイメージがあってさ、
そうなると「うつつ」ってのは、
こう~、ぼけーっとしてるときの言動とか、
そんな状態のことみたいな、
要するに「妄想」ですな、
だから「うつつを抜かす」ってのは、
私のイメージとしては、
「脳内の妄想がダダ漏れに出てきちゃうくらい
 なにかに夢中になって、他のことがおろそかになること」

みたいな、
そんな感じがしてならないんだよ、
みたいな。

はあ……
いや、間違ってるのは承知ですけどね。
そんなのってないですか?
語感て不思議だね。

と、まあ、余談ですが、
昨日発売になった
沢田研二 A面コレクション
も買っちゃったことだし、
(いや~、ジュリーの初期の曲っていいね!
 ザ・歌謡曲って感じで懐かし過ぎて涙出る。
 仕事しながら激リピ中)

真面目に仕事します。しばらくは。

「『萌え』談義」の方は、
少し書きためていた分を
ちびちびアップします。せこい。





「ジュリーをネタに『萌え』談義」の8回目でございます。
1回目はこちら
連載になってますので、
「その1」「その2」……と、
順番に読んでいただいた方がよいかと存じます。
あ、カテゴリ(『萌え』談義)から辿っていただいてもいいかも。
よろしくです。




上に書いたようなわけなんで、
前回
「そろそろ「好き」についての結論を出せそうか?」
なんて振りましたが、
まだ結論まではたどり着かないようです。えー


そんなわけで、以下中途半端に続きです。


「好き」は相手の反応を期待する、と前に書きましたが、
「ジュリーが好きだ好きだ」と、
いくらこんなところで言ったところで、
ジュリーからの直接的な反応は期待できません。
(あったらビックリだ、ヘンな顔になった挙げ句、心臓止まる)
でも、私がジュリーのDVDやCDを買ったり、
こうしてブログに愛ダダ漏れ状態の文章を書いたりすることで、
世間のジュリー人気の再燃にほんの少しでも貢献し、
60歳の現役ロッカーとして、
またテレビとか他のメディアに露出が増えていけば、
それだって、相手からの反応と言えますからね。
この場合の「相手」ってのは、
ジュリー本人=個人じゃなくて、
今、世間で認識されている「ジュリー」というイメージというか、
ジュリーのやっているコンサートや他のお仕事という、
我々の目に見える情報の、
それらの総体っていうか、そんなもののことですよ。

芸能人やアーティストの熱心なファンをやっている人は、
だいたいそんな感じなんじゃないでしょうかね。
もちろん、ファンであり、そして「萌え」ているってことも
あるでしょうけどね。

ああ、そうか。
ここに「萌え」との決定的な違いがあるのかもしれません。
この「その5」のエントリで、
「還暦ジュリーへの愛を語り倒す」と書きましたが、
2つも3つもエントリ費やして、えんえん語っているのは、
60歳のジュリー=沢田研二という人間その人に対する
「愛」ではないですね。
ジュリーが今やっている「こと」に、
私は感動しているんですよ。
60歳のジュリーが今やっていること、
その「こと」を愛してるわけですね。
だから、ここで書いたように、
ステージ上ではない、
黙ってそこらにいる60歳ジュリーには
私はたぶん萌えない。

ということになるわけです。
まあ、60歳ジュリーに萌えるのは、14年後、
私自身が60歳になったときの楽しみに取っとくことにします。

「好き」と「萌え」の違いは
まだまだつづくっ!
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