3号表紙

第八回文学フリマで売る予定の
「稀人舎通信SPECIAL 3号」です。
文学フリマでは「E-45」ブースへGO!


昨日、データを送った印刷屋さんからは、
今のところ、なにも連絡なし。
便りのないのは元気な証拠ってことで、
特に問題なく進行しているんだと、
ともすれば不安な気持ちになる
小心者の自分をなだめつつ、
「今日くらい、なんもしなくてもいいよね…」
と、ダラダラ過ごしてます。
ジュリー動画見放題。うふふダメ人間。

入稿の終わったデータは見ても、
もうどうしようもないんで、
見ないようにしています。
入稿する前は、校正するために
2回くらい読み返してるしな。
もう内容暗記状態。
でも、いっくら校正しても、
本になってみると、
誤字脱字や間違いが見つかるという不思議……
うーーむ…

校正の最後の方は、
もう文章の意味とかじゃなくて、
本当に誤字脱字を見つけるための
文字校正なので、
目で追う字面が、意味を失ってバラバラになっていく。
その感覚がちょっとおもしろくて、
病み付きになりそうです。
(いや、大変なんですけどね……)

たとえば………

群像 の ひと り ひとり が、
その 人の 人生 の中 では 主人 公 なんだ って
ことが、 ちゃん と 見え るん ですよ。
脇役 として だ け 存在
して い る わけじゃ ない。

(「コレヨモ!座談会」より)

とか

二〇〇九 年 三月 下旬、 ぶり 返し た 寒さ に
身 を すく める 朝。 寝ぼけ 眼 で、
点滅 する 携帯 電話 に 手を のばす。
メール を 開く と、 ベト か ら の
返事 だった。 先日 Apa re cida で 
彼の ライブ を観た ばかり。
その時 は、 ほと んど 
話す こと が できな かった。

(エッセイ「響きあう世界の中で」より)

とか

ジュリー を 好き な気持ち を 表現 する
術 がない、 または 表現 しよ う とも 思わ
なか った 一般 人は、 「寺内 貫 太郎 一家」 の
樹木 希 林 さん 扮する きん 婆 ちゃん
の ように、 ただ 「ジュリ~~」と 悶え 叫 ぶ
し か あり ません でし た。 あれ は、
今 で 言え ば まさに 「萌え~~」 で す。

(エッセイ「ジュリーをネタに『萌え』談義」より)

というふうにね、
文字をバラバラにしてひとつひとつ
認識するようにしていかないと、
誤字は見逃すからね。
それまで何回も読んでいたり、
ましてや自分で書いた文章だったりしたら、
書いてある内容はすでに頭に入っているから、
その意味でもって、間違った文字も
脳内修正して読んじゃうんですよ。

たとえば

きん婆ちゃんのよくに、ただ「ジュリ~~」と
悶え叫ぶしかりませんでした。


とかさ。
こんなのでも、間違ってることに
気が付かなかったりするんだよ。

だから、最終的な文字校正の段階では、
意図的に文章から意味を剥奪して、
バラバラの「文字」として見ていく。
これが、おもしろいんだけど、
でも難しい。
人間てのは、なにを見ても、どうしても意味を
求めてしまうものなんだよね。

……という、
誤字脱字があっても許してね
という言い訳でもあるのでした。

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