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今回はちょっと長くなっちゃった。



「ジュリーをネタに『萌え』談義」の45回目です。
1回目はこちら
連載になってますので、
「その1」「その2」……と、
順番に読んでいただいた方がよいかと存じます。
あ、カテゴリ(『萌え』談義)から辿っていただいてもいいかも。
よろしくです。



いくらジュリーと尭之さんたちが
「俺らバンドだから!」と言い張っても、
ジュリーしか見えていない私のような、
お茶の間視聴者がほとんどだった当時。
(だいたい、そのころ「バンド」って言葉も知らなかったような気がす……)
それでも、1977年くらいまでは、
テレビでも、洋楽のカバーをやって、
尭之さんや速水さんのギターとジュリーが絡んだり、
(速水さんとのカラミって、なんであんなにエロいの?)
歌だけじゃなく、ギターソロを聴かせる部分もありの、
バンドとして見せる演出の番組もあって、
今、YouTubeなんかで見ると、
ジュリーも尭之さんも楽しそうなんですよね。
ああ後悔。なんでもっとちゃんと見ておかなかったんだ>自分。
前にも書いたけど、
74年や75年のコンサートなんか、ほんとライブのノリで、
アンコールは、インストとジュリーの「イエ~~」と
お客さんとの掛け合いだけで、10分以上やったりしてる。
それがもうもうすんげー大興奮って、そんなステージだもん。
ジュリーとギターが絡んでエロエロだったりさああああ!
こんなのを昔はテレビでやってたんですよねー……
それを録画していて、今YouTubeに上げてくださっている
お姉様方に深く深く感謝。
しかし……、「♪雨がシトシト日曜日♪」とか、
星のプリンスがかわいく歌ってたGSを
不良の音楽とか言ってたくせに、これはよかったんですかい!?
ステージ上でブリッジしてる(なぜっ!?)ジュリーのまわりに
ギターの男三人が集まって、ギターのネック振っちゃって……
どう見ても、子供は見ちゃいけません! て世界なんですが、
4~5年の間に世の中の認識も変わったってことでしょうか……
変わり過ぎじゃろ!! 世間様!

それが、やっぱり「勝手にしやがれ」以降からは、
ステージでもテレビ同様、ジュリーひとりにスポットライトが
当たるようになってきたんじゃないのかなあ。
「バンドのライブ」っていうよりも
「ジュリーのコンサート」っていう感じ?
そりゃあ「ジュリー!! きゃ~~~~」っていう
盛り上がりはあったと思いますが、
「♪朝まで 奪い合おうよ~
 どっちもこっちもどっちもこっちも♪」
(あ、これはショーケンの歌です。「Ah ! Ha !」かっこいいっす~)
っていうような、以前の興奮状態とはちょっと違う気がする。
それに、レコード大賞も取って、
大スターと呼ばれるようにもなってしまって、
まわりもジュリー自身も、
「バンドのメンバー」なんてかわいいこと言ってないで、
「ソロ」として、がんばれ、がんばらなくちゃって、
「ジュリー」っていうキャラを作り込んで
走らせ始めたんじゃないでしょうか。
早川タケジさんのぶっとび衣装や、
加瀬邦彦さんのいろんなプロデュースでさ。
ジュリーしか目に入らない、
特にファンじゃない一般大衆の注目も集めようとしたら、
やっぱり、ジュリーひとりを目立たせて売り出した方が
効果的って、そう考えるのが自然だもんね。

そんなこんなのジュリー周辺の思惑や動きと、
それに乗っかっちゃってるジュリーのやることが、
バンドとして活動したい尭之さんには
違和感だったのじゃないでしょうか。
まあ、ホントのことは本人にしかわからないので、
想像に過ぎませんけどね。

もちろんジュリーは、尭之さんがバックにいてくれるから、
上半身ほぼ裸の「サムライくん」も、
セーラー服の「ダーリングくん」も、
どこの宇宙の王子様ですか?の「ヤマト」も、
自分がギャルになっちゃった「セクシー美人船長」も、
TOKIOのパラシュートも、
「なんだって、やったるでー
 だって、それでコケても、ぼくにはタカさんがいてくれるから、
 またバンドとしてやっていけばいいんだから大丈夫!」
って感じだったんじゃないでしょうか。
でも、尭之さんは、
TOKIOが発売されてすぐの、1980年のお正月に、
井上バンドを解散すると、
ジュリーに告げることになるのですよ。ううう。

やっぱり、この尭之さんからの別れ話(!)って、
ジュリーにとっては寝耳に水だったんですかね。
だって、そうじゃなきゃ、以前にも紹介した
「尭之さんはもう僕のことが大事じゃないんだ」
てな萌え台詞(涙付き)は出ないと思うんですよ。
しかしまあ、このエピソードを知った時は、
「なにリアルで萌えキャラやってんだよっっ!」
と、ホントに声に出してPC画面にツッコミを入れた私です。
一体全体、どんだけ萌えネタを提供してくれたら
気が済むんでしょうか、ジュリーってば。

ジュリーにしてみれば、
「尭之さんがずっと一緒にいてくれるっていうから、
 安心してぶっ飛んでたのに、そりゃないよ~」
って感じ?
でも、尭之さんにしてみれば、
「『大事じゃないんだ~(涙)』もなにも、
 おまえ、俺を置いてきぼりで
 ひとりで突っ走っちゃってるじゃないか」
とかね。
(このやりとりはちょっと萌えますね……ま、妄想ですが)
尭之さんたら、お兄ちゃんの心でジュリーをサポートするつもりが、
結局「自分」の方が「大事」になっちゃった
ってことなのかな。
尭之さんだって、ひとりのミュージシャンだもんなあ。
まだ30代で若くて、いろいろ野心もあったろうし、
ジュリーのサポートだけに徹することはできなくとも、
そりゃあ、しょうがないかねえ……とも思いますよ。

で、この井上バンド解散のあと、尭之さんは、
しばらく音楽活動から離れてしまっていたらしいです。
私の知らないよんどころない事情が、
なにかあったのかもしれないですが、
ジュリー絡みのことですので、
どうしても想像がたくましくなっちゃいますね~
尭之さんてば、あ~んなでこ~んなで落ち込んで……とかさー
で、しょんぼりしてた(かどうかはわかんないけど)尭之さんに
声を掛けて、またギターを弾いてくれと言ったのが、
ショーケンだったんだそうですよ!
(はあ、やっとショーケンにつながった……)

YouTubeで見ることのできる、
コンサートやテレビの歌番組での、
ショーケンのバックでギターを弾く尭之さんは、
なんだかとても楽しそうです。
ショーケンの歌は、常にバンドのライブだしね。
コンサートでもテレビでも。
ジュリーのように、その都度世界を作り上げるんじゃなく、
「自分がロック」って感じだからなあ……
尭之さんは、そんなロックなやつと
一緒にやりたい人なんだろうなと思う。
ジュリーファンの立場から見ると、
その様子はちょっと妬けちゃいますねえ。
ホント、いい笑顔なんだもの。

前々回のエントリで書いた、ローカル局での
インタビューで、尭之さんは
「ショーケンは恩人」と言ったそうです。
ジュリーとのことは「忙しかったことしか覚えてない」と
言ったあとでの、この発言だったせいで、
ジュリーファンの間では、
「尭之さんにとって、ジュリーよりもショーケンなの!?」と、
ちょっとした物議をかもしてしまったようですが、
でも、井上孝之バンド解散後に休止期間があったことで、
そこで音楽活動に一旦途切れ目があったとすれば、
今の尭之さんに繋がっているのは、
やっぱりショーケンなわけで、
「恩人」発言も頷けるような気がします。

あとね、これは完全に私の想像というか妄想なんですが……
今、ジュリーは、ドームも成功させて、
バリバリ活動していて、
またちょっと人気も出てきたみたいで、
なんの心配もない。
それに対してショーケンは、
去年、自伝本「ショーケン」を出したり、
今年は秋に公開の映画「TAJOMARU」に出演したりと、
ぼちぼち活動を再開しているとはいえ、
まだ完全復活とはいえない状態。
そんなショーケンに、尭之さんは、
「俺が『恩人』って言ってんだから、
 おまえ、もうちょっとがんばれよ」って、
そんな気持ちを込めたんじゃないかなあ、なんてね、
そんな風に思ったりもするんですよ。
どうすかねー

いつか、ジュリー、ショーケン、尭之さんの3人で
ステージをやってほしい。
もちろん尭之さんのギターで、
ジュリー、ショーケンがそれぞれ1曲ずつ、
そして、一緒に「自由に歩いて愛して」を歌い、
最後は、尭之さんを真ん中に3人が抱き合う……
なんて萌えシーン見たいです。うっふっふ。
ええ、そうです。
60~70歳のおっさんたちが抱き合うとこですよっ
ジュリーは泣くね、絶対ボロ泣き。
史上最高の萌え萌えシーンだと思うんですけどね。

こんな三人の来し方を思いつつ、
もうちょっとつづく。(え、まだ?

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コメント
この記事へのコメント
連日おじゃましま~す
尭之さんってスパイダースの前は3人組の売れないアイドルだったらしいです。
そしてスパイダースになった時はろくにギターも弾けず、弾くマネだけして大野さんがやってたってこともあったらしいです。
少年時代から天才と言われていた大野さんに比べ何もできなかったわけですね。これは私も驚きでした。
その後、すごい努力をしたそうです。
GS時代は辛かったと尭之さんは後に語ってますが、アイドル映画に出たりとか、ど~も苦手だったみたいですね。じゃぁ、どうして3人組のアイドルもしてたんだ?と思いますが。
なかなか自分の思うような芸能生活ではなかったのでしょうか。
「勝手にしやがれ」以降の大スター、大衆のアイドル沢田研二の活動は尭之さんには上記の自分の過去と重なって、そういう方向に行くのがイヤだったのかもと思ったりします。
2009/07/08(Wed) 19:08 | URL  | ひーちゃん #-[ 編集]
ひーちゃんさん、こんにちは
尭之さん、アイドル時代もあったんですねー、へえ~~
スパイダースの最初の頃はギターが弾けなかったっていう話は以前に聞いたことがあります。
それが今は日本を代表するギタリストと言われてるんですから、ホント、すごい努力ですよね。

尭之さんは、会社(渡辺プロ)の方針であれこれやらされるのがイヤだったのかもしれないですね。
そして、そんなジュリーを間近で見てるのも、もうイヤになってしまったのかも。
努力してギターがうまくなって、これで好きなようにできると思ったのに、そうもいかなかった……ってことなのかなあ?
なかなか難しいものですねー
2009/07/08(Wed) 23:19 | URL  | 管理人 #Enj21zdQ[ 編集]
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