なんかしらイベントが終わるたびに、
数日間も魂抜けた状態になってちゃ
しょうがないってことはわかってるんですが、
なんかぼんやりのここ数日でございます。

この週明けから忙しくなるって言ってた仕事が
来週にずれ込んで、
ポッカリとヒマってこともあるんですがね。
なので、月曜・火曜はダラダラと、
文学フリマで買ってきた同人誌やら、
その前に買い込んで読めてなかった本やらを
読み倒してました。

なんかさー
本て、読んでるとぼんやりするよなあ。

一日中、本読んでた日の夜なんか、
どうもぼんやり具合がひどくて、
頭がぼわ~んと膨れた感覚で、
身体もフワフワするっていうか、
地に足がついてないってこういうこと? って感じ。
んなことないですか? 私だけ?

昔の人がさ、
「本ばかり読んでたら、ダメになる」
って言ってたのって、こういうことかなあと思う。
日常感覚がうまく捉えられなくなる。

日常感覚ってなにかと言えば、
コミュニケーションなんじゃないかと思うんですよ。
対人間てことだけじゃなくて、
ひとりでやる畑仕事でも家事でも、
自分の思考だけじゃどうにもならないことと
人相手だったら、もちろんのこと、
どうやって折り合いを付けて、
いい感じのところ、
自分も相手も納得のところに落とし込むか。
そんなことを常に考えて行動しなきゃならない。
そういうときは、ぼんやりしない。
てか、ぼんやりしてたらやっていけない。

本を読むってのもコミュニケーションの一種だとも言えるけど、
でも、明確な相手がいるようなコミュニケーションとは
ちょっと違う気がする。
本を読んでる時は、内容を自分の頭の中に取り込んで、
自分の中だけでぐーるぐーる回して、楽しんだり考えたりしてる。
外から入ってくる情報によって、
いろんな新しい思考や世界が生まれるんだけど、
それは、自分の頭の中だけのこと。
他者とのコミュニケーションとは違う。
その結果、自分がどう行動するか、とかいうのは、
また次のステップだから、
純粋に読んでばかりいるときは、
ただ、頭の中だけがぐるぐるしてる。

そんな状態があんまり長いこと続いたり、
深く潜り込み過ぎたりすると、
ぼんやりってことになるんじゃなかろうかね。
それが心地良い時もあるけど、
なかなか日常の感覚が取り戻せなくて、
具合が悪い感じになったり。
自家中毒ってやつですかそうですかそうだな。
子供だったら熱出してるとか、そういうことか。

そんなんなったら日常生活送れなくなるわけだから、
だから、昔の人は
「本ばかり読んでたらダメだ」
と言ったんじゃないですかね。

そんな脳内煮え煮えの状態から
おもしろいものが生まれたりもするから、
本はやめられないんだけどさ。


ジュリーがさ、
「本は読まない。本読む暇あったら酒飲んでる」
って言ってたことがあって、
さらに、ドーム公演に向けて断酒してたときに
「酒飲まないと、本読んじゃうんですよ」
とかも言ってて、
へ?
と思ったことがあったんだけど、
ジュリーにとって、酔っぱらってぼんやりした状態と
本を読んでぼんやりする状態ってのが、
他者とか自分以外の世界とのコミュニケーションが
うまく取れなくなる感覚だとすれば納得だなあ、
と、思ったりもしたけど、
でも、「酒=本」て……

本質をついてるのか、わかってるのかわかってないのか……
ジュリーってやっぱり、ヘンな人だなあと、
本の読み過ぎでぼんやりした頭で、
そんなこともぼんやり思ったりしてた今日この頃。

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