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今日は、若ジュリー&ショーケンの曲を聞きながら、
てくてくと乙女ロードまで散歩がてら、
中古同人誌屋さんにジュリー本探索に行ってきました。

徒歩圏内に乙女ロードがある幸せ(笑)。
ジュリー同人誌は見つかりませんでしたけどね。

で、道すがら、若ジュリーのほにゃほにゃした声で、
「遠い旅」とか「明日では遅すぎる」とか
「ある青春」とか「戻れない道」とかとかとか
聞いてるとですね……、
これが「男×女」の話と思うと
「けっ!」ってなもんなんですが、
「男×男」に脳内変換して、
ジュリーが歌う「きみ」「おまえ」が
またジュリーでもあるという、ねじれた感覚で聞くと、
これがいきなりニヤニヤできるわけですよ。

乙女ロード歩きながらニヤニヤするおばさん、
それは私。あやしすぎる。
てか、気持ち悪くてすみません。

これは、こないだ作った【稀人舎通信SPECIAL8号】の
特集「恋愛という物語」のときも、
川口さんとちょっと話していたんですが、
小説や映画やドラマでも、
男女の恋愛話はつまらないけど、
それを「女→男」に変換すると、とたんに楽しくなる、
これは一体なんでだ? というのと同じです。

考え事に散歩は有効という、
ツイッターでのフォロワーさんからの助言通り、
てくてく歩きながら、そのことについて
ちょっと考えてみましたので、
とりとめもなく、ここにメモ。
あいかわらず長文ですすみません。


以前にジュリーブログ巡りをしていたら、
リアルGS世代のお姉さまが、
当時のことを
60年代から70年代初めごろは
学生運動やヒッピームーブメントがあって、
社会的にも激動の時代で、
音楽でも反戦ソングや反社会的なロックとか、
思想的なことが溢れていた時代だったけど、
当時10代の小娘だった自分は
そんな難しいことは考えたくなかった。
そこにタイガースの星の王子さま的な
夢の世界はぴったりハマって熱狂した。

というふうに書いていらして、
なるほどな~~と、大いに納得したんですが、
これが、今の私の「男女」よりも「男男」がいい
という気持ちに通じるものがあるような気がします。

今の世の中も、社会的な問題は山積みで、
今年は大震災も起こってしまい、
本当にいろいろ、いろいろみんなで考えたり、
できることは行動に移したりもしなくちゃいけない。
それはとてもよくわかっているんだけど、
でも、四六時中日常的に、
「日本はこのままじゃダメだ」
「なんとかしなくちゃ」
「私にできることはなにか?」
なんてことを考え続けてたら疲れてしまう。
考えなくちゃいけないと
わかっているからこそ、疲れる。

そこで、ボーイズラブなわけですよ。(強引)

「明日では遅すぎる」という曲で、ジュリーが
「♪今日帰らないで 確かな愛にしたいから」
とか言ってるのを、対女性で考えちゃうと、
「それは今夜ヤリたいってことですか?」
「女の子の気持ちちゃんと考えてますか?」
「その後はどうなるんですか?」
「結婚するんですか?」
「早すぎませんか?」
「本気ですか?」
「別れるときはモメませんか?」
とかとか……

ああもう、めんどくせえええ!!!

まあ、この歌をぽわ~~んと聴く女の子は、
ジュリーのことが好きなんだという前提で作ってある歌なので、
こんなことを考える人はそうそういないと思いますし、
私だって、いつもいつも
そんなこと考えながら聴いてるわけじゃないです。
でも、ジュリーが優しく愛を囁けば囁くほど、
なんかどっかでイラッとする。
逆にそれほど優しくないマッチョな男目線の歌詞で、
「♪俺は世界一いい男 おまえは世界一いい女」
とかいうのは、もうあからさまにイライラする。

なんでか?

これは、
女は男に優しくされて当然、
守ってもらってあたりまえ、
みたいな社会的な既成概念に
基づいているからじゃないでしょうか。
優しくされたらこっちも優しくしないとダメか?
守ってもらうなんておまえにそんな価値はあるか?
そうしてもらう代償として寝るのか?
とかね、思わず考えちゃったりするわけですよ。
ま、ほとんどの場合無意識で、ですけど。
無意識だから、よくわかんないレベルで
イラッとするんじゃないでしょうか。
そんなふうに深く考えないで、
優しくされて守ってもらえたらラッキーじゃん、
と気楽に考えられる人は、
普通に男女間の恋愛という物語を
享受できるんだと思います。
しかし、自分の女性性というものを
どうも素直に受け入れることができにくい、
いわゆる「女子をこじらせた」「モテない系」にとっては、
この男女の関係というのは、夢物語ではなく、
「日本はこのままじゃダメだ」
「なんとかしなくちゃ」
「私にできることはなにか?」
と考え続けなければいけない社会問題と
地続きだったりするんですよ。
(ああ、大きく出てしまった)

そこで、普通は「男女」で描かれていると
思われている、物語の登場人物を
「男男」に変換することで
夢物語にできるという技を
ある種の女の子たちは編み出したんじゃないだろうか。
そして、その技を身に付けた人が
腐女子ということなんじゃないだろうか。

男同士の恋愛は実際にもあって、
リアルゲイの方々にしてみたら
夢物語じゃない現実でしょうから、
腐女子の妄想する「男男」の物語は
けしからんことも多いでしょうが、
やはり、それはまだ一般的には
「現実」からは遠いもの。
自分の身の回りにはありそうでなさそうな関係。
そこがハマるポイントなんじゃないだろうか。

稀人舎通信SPECIAL8号】の座談会で、
小説「天の夕顔」を金井さんが解説してくれた中で、
「好きな人とは絶対に結婚しないという
 戦前の家父長制の中で、
 結婚という形にとらわれず純愛を貫くという話に
 一般の読者は食い付いた」
というのがあって、
当時はそういう関係が萌えだったんだねと
話し合ったんですが、
これも、
自分の身の回りにありそうでなさそうな関係。
現実では、どうやって対面を保つかが大事で、
女性だったら今とは逆に
むしろ難しいことを考えてはいけない、
自主的に行動してはいけないという縛りがあった。
だから物語には、
結婚はしていても、好きな人への純愛を貫き、
考えて行動をしたり、
夫以外の人に思われ続けるという夢を求めた。

リアルGS世代のお姉さまにとってのタイガースも、
現実ではない世界にいる男の子たち。
60~70年代は、さすがに戦前よりは、
恋愛というものに理解があったとは思うけど、
でも、女の子は好きな人と結婚することが
幸せの第一という社会的な概念は根強かったと思う。
戦前は「社会的にきちんとした人」と結婚することが
幸せだったのに対して、
「好きな人と」ってとこが時代の変化だろうけど、
でも結婚をして子供を生む現実は避けられない。
しかも「好きな人」っていうのも、
親にも認めてもらえる「好きな人」じゃないといけない。
恋愛するにしても、いろいろ考えたり妥協したり、
諦めたりするのが現実。
それに対してタイガースの歌う歌の中の男の子は、
ただただ「恋をした」「君だけに愛を」と言うだけ。
「結婚しよう」なんて現実的なことは言いません。
しかも歌ってるのは、長髪(!)の、
見るからに生活力のなさそうな(笑)、
顔が異常に美しい星の王子さまだったわけですよ。
そんなジュリーみたいのが、現実にそばにいたら、
そりゃ好きになっただろうけど、
その人との愛を貫いて、親の反対も押し切って、
結婚という社会制度にも縛られず、
社会の一員としての様々な問題を考えることもせず、
ふたりだけで愛に生きていくなんて、それは無理!
というわけで、これも、
身の回りにありそうでなさそうな関係。
だから熱狂した。
夢物語の中でなら自分もそんなふうに生きていられる。
ちゃんとした人生を生きなきゃダメだという
プレッシャーの中、ちょっとジュリーとの夢を見させてよ、
というそんな感じだったんじゃないでしょうか。

で、今の時代、
恋愛したとしても、寝るか寝ないかから始まって、
結婚するかしないか、籍を入れるか入れないか、
子供は生むのか生まないのか……
女性の人生の選択の余地が広がったのはいいけれど、
考えなければいけないことがその分倍増。
そんなことをグツグツ考え続けていると、
「こんな世の中じゃダメだ!」的な、
社会派な思考も混じってきちゃって、
もう本当にめんどくさい。
そんなときに、まだ社会的な制約を受けてなくて、
夢物語の要素を保っていると思われる
ボーイズラブな物語たちが現れたわけですよ。

従来、守る優しくする立場であると思われていた男たちが
同じ男に守られ優しくされたらどうなるか。
恋愛対象にはならないと思っていた相手から
「好きだ」と言われたら、どう思うか。
それらは、男女間ではすでに
社会的な問題を背景にした
模範解答が出ちゃってることですが、
「男男」ではまだどういう答もアリで、
様々に登場人物の気持ちを考えることができる。
ま、それを腐女子界では「妄想」と呼ぶわけですが。

てなわけで、ボーイズラブな妄想は、
女性の生き方を含めた社会問題を
考えろ考えろと言われ続け、
いやむしろ言われなくとも考えちゃう、
そんな「モテない系」が、息苦しい現実から、
ほんのちょっと逃避する場所ってことで、
昨今需要が増してきてるんじゃないでしょうか。


とかいうことを
乙女ロードを歩きながら考えました。
こんなグダグダな長文を最後まで読んでくださった方、
ありがとうありがとう。
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下の「拍手」ボタンをポチッとしていただけると、
書いたかいもあったというものなので、よろしくです。


【おまけ】
ジュリーのソロ初期の曲「若き日の手紙」ですが、
これって、発表当時は、
「私は不幸な結婚をしているけど、
 ジュリーみたいな若くてかっこいい恋人がいて、
 一度くらい無茶をしてみませんかとか
 情熱的に言ってくれるのよ。
 でも私はうんと言わないの。
 ……はあ、こんな恋人いたらいいなあ」
って受け取られ方だったんだと思うんですよ。
でも、これ今聴くと、この相手の女ってのがウザイ!
「なにかにおびえてブルーの景色に沈んでいます」とか
「心の底から笑っていない」とか
「男の人は自由でうらやましいわ」とか
「わざと不幸を選んでうつむきかげん」とかとか
そんなん言ってないで自分で幸せになるように考えろよ!
とかどやしつけたくなりますね。
曲の最後でいきなり急調子になって、
ジュリーが「一度くらい無茶をしてみませんかーーー!!」と
絶叫するのも、「この女うぜええええええ!!!!」っていう
叫びに聞こえます。
え? 聞こえない? 私には聞こえます。
もうイライラの極致ですね。
で、これをですね、「男男」に置き換えて聞いてみるってーと、
あら不思議、楽しいです。
社会的な地位があって対面を保つことに汲々としている男が、
美しくて若いだけの男の子に惚れられて、
「ぼくと一度くらい無茶をしてみませんか」と迫られている。
「いや……君は男だし」
「そんなこと関係ないよ、ぼくはあなたが好きなんだ」
「私には妻子が……」
「一度だけならいいじゃない」
「……一度ヤッてしまったら後戻りできなくなるから、
 嫌だって言ってるんだッ!」
「え?」
「おまえのことがッ、す、すす好きなんだッ!」
「ああん……」
みたいな(笑)
ね?
(ね?って言われても? 笑)


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コメント
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2011/11/18(Fri) 16:09 |   |  #[ 編集]
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2011/11/19(Sat) 11:35 |   |  #[ 編集]
ねっww
うん!!楽しーー。
ゆうさんがまたしょーもないことを真面目に考えてるぅ~。
※「しょーもないこと」とは日常生活において
腹の足しにもならない事柄のことであーる
私はBL、特にジュリー周辺の妄想を致しますと脳が活性化され、
とてもリフレシュされます。
恐らく腐脳が活性化されることによって現実の生活の中で
酷使されている部分の脳がお休みの状態になるからではにゃいかと思われます。

しょーもないことを真面目に考えたり、論じたりするのって楽しい。
私は好きですなー。
コツコツと自論積み重ね、展開したりなんかするんだけども
最後の最後は「萌え~~~~」ですべてをシメる、語ってしまったりしてw
続きも楽しみにしとりますよー。

2011/11/19(Sat) 18:17 | URL  | ひーちゃん #guRgTqeo[ 編集]
ひーちゃんさん、ね~~ww
しょーもないことだけを真面目に考えて生きていたいものです。
あ、でも、そうすると腐脳が疲れてしまってダメなのかな。
でも腐脳には最終兵器の「萌え~~~」があるから大丈夫?ww

今コミケ用の原稿でうなってるとこなので、
これができたら続きというか補足の記事を書こうかと思います。
気長に待ってて。
2011/11/19(Sat) 20:48 | URL  | 管理人 #-[ 編集]
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