えーとですね。
こないだのエントリでは、
音楽劇「探偵〜哀しきチェイサー2 雨だれの挽歌」
感想をざっくりと書き散らしましたが、
あれから、いろいろ思い出しつつ、
あれこれ考えてまして、
感想とは違うかもしれませんが、
ちょっと語ってみようかなと。

あ、ここで私が述べることは、
完全に私の独断と偏見の主観であって、
一般的なご意見とは全然違うものですから、
なにとぞご了承くださいませ。
あ、あと、妙な先入観を植え付けちゃうことにも
なるかもしれませんので、
音楽劇をこれから観るという方は、
読まないほうがいいかもしれません。
すみません。




「探偵」の新さんジュリーは本当に素敵でしたし、
ストーリーもワクワクドキドキで楽しめたし、
共演の役者さん達もうまくて見応えがありましたし、
萌え要素もあったんですよ。
なので、とてもよいお芝居だなあと思ったことは
本当なんです。
……なんですが、その一方でですね、
私個人の好みの問題だと思うんですが、

そのー……あのー……

観終わった後に、なんか……
ちょっと物足りない感じがしたんですよ。
(あくまでも個人的な感想です)
それがなんでなのか、
この1週間ほどずーっと考えておりました。

去年の音楽劇「お嬢さんお手上げだ」は、
ツッコミどころの多いお芝居だったと思いますが、
「物足りない」って感じはしなかった。
それはなんでか?
私は、一昨年までジュリーの音楽劇は、
なんとなく観る気がしなくて、
(ジュリーは芝居じゃなくて歌を聴きたいんだよ!って感じで)
「お嬢さん〜」が、音楽劇初体験だったんで、
ファーストインプレッションつうか、
最初に見たのが一番よく思えるっていう、
そんなこともあるのかもしれませんが、
なんかね、
「探偵」のジュリーは「私のジュリー」じゃない
って感じがしたようなしないような……
歯切れが悪くてすいませんね。
なんともこう、自分で自分の気持ちがよくわかんないし、
音楽劇は今まで観てなかったということあって、
どう言っていいのかよくわからんのですよ。
(言い訳言い訳)

気を取り直しまして、
じゃあ、「私のジュリー」ってなんなのさってことですが。
前々回のエントリで「空っぽのジュリー」について、
長々と語り倒しましたが、
それぞれの歌の世界観を完璧に表現し、
その歌の登場人物になりきってしまうジュリー。
歌ごとのなりきり方が見事なために、
ジュリー本人は一体どんな人なのかがわからない。
まるで中身がない空っぽな人のように見える。
そんじゃってんで、ジュリーファンの我々は、
ドラマや映画や、歌の合間にも垣間見える、
「これが本当のジュリー!?」ってな断片を繋ぎ合わせて、
「ジュリー」を各自の心の中に作り上げる。
それが、「私のジュリー」なわけです。
前に書いた、
ジュリーの「素」らしき部分が見えると、
ぐおえあああああ〜〜
と、萌え上がるというのは、そのせいですね。
なので、それが幻想であろうが、
作られた餌や釣り針であろうが、
「ジュリー」が少しでも見える(と思える)作品が、
私にとっては美味しい作品なんですよ。

で、「お嬢さん〜」にはそれがあったと思うんですが、
どうでしょうか。
あれは、漫画家のあらま先生のところに転がり込んできた、
かつての恋人の娘・サナちゃんとの
ほんのりラブコメディですが、
同時に、スランプで漫画が描けなくなっていた
あらま先生がまた描き始めるまでの、
おっさん再生物語でもあります。
というか、ジュリーファンから見ると、
そっちの方がメインのお話でした。
おっさん仲間のリストラ話も絡んでましたしね。
あらま先生は結構ブレブレの人物で、
最初は「冗談じゃない!」と受け入れなかった
サナちゃんのこともあっさり「娘」として受け入れたり、
「スランプで描けないんだよ!」と怒鳴ったりしてたくせに、
サナちゃんの捨て身の説得で
また描くことにしたりもします。
人生いまだに迷いまくりの50代半ばのおっさんです。
非常に人間くさい。
その人間くさい感じが、私なんかから見ると、
「あ、ジュリー?」っていうことになるわけですよ。
ジュリーに隠し子の娘さんはいないと思いますが、
(いたら大変でしょうなあ)
もし本当にいて急に発覚したとしたら、
こんな感じで慌てるのかなとか、
隠し子じゃなくても、実際の息子さんに対しては、
こんなお父さんなのかなとか、
ジュリーがもしスランプに陥って、
歌えない!なんていう事態になったら、
こんなふうになるのかなとかとかとか……。
酒が好きとか、普段着がちょっとアレとか、
男友達には気を許してるとかも、
「ああ、ジュリーだなあ」って感じでした。
ていうか、誠に本当に申し訳ないことに、
私がすっかりジュリーのことを忘れていた、
ジュリー50代のころから、
還暦ドーム後の今の人気復活の過程にも、
なんとなーく重ね合わせて見ちゃったりも。
そんな風に、去年の音楽劇「お嬢さん〜」は、
「ジュリー」を題材にして作られた
お芝居のように思えました。
なので、ちょこちょこ「ジュリー」が垣間見えて、
私は心の中の「私のジュリー」と照らし合わせて、
「お、ここは思ってた通りのジュリーだ」とか、
「ここは違ってるけど情報更新だ」とか、
「こんな表情もするのか〜心の画像フォルダに保存だー」
とかとか、
ニヤニヤしたり、萌え萌えしたり、
ドキドキしたりしてたんですね。

それに比べて、今回の「探偵」。
このジュリー演ずる探偵・花山新太郎さんは、
なんというか、隙がないんですよ。
「ジュリー」が垣間見えない。
完璧に「花山新太郎」。
このお芝居は「ジュリー」ではなく、
「探偵(哀しきチェイサー)」っていう歌の世界から
作られてるんですね。
「ジュリー」というキャラに頼ってない。
そこが違うんだと思います。

この歌は本当にひとつの映画を見てるような歌です。
「ウイスキー ソーダで割って
 オフィスの窓に 寄れば」
って、いきなりディテールから入ってるし。
それでも1番はまだ、
「人はみな」とか「胸の底の傷を覗きながら」とか、
まあ、一般的な話としても聴ける内容になってるけど、
2番になると、
「愛のため 人を刺し」とか
「ひんやりと重いコルト」とか、
とても具体的なストーリーを語ってる。
そのせいで、この歌自体が
ひとつのお芝居みたいになっているわけですね。
まんまミュージカルの中の1曲って感じです。
しかも、「探偵」って職業(?)限定してるし。
この歌が収録されている
アルバム「今度は、華麗な宴にどうぞ。」など、
77年、78年に発売された、
全曲阿久悠氏作詞のアルバムはそれぞれに、
「気障」「宴(酒?)」「愛」をテーマにした
コンセプトアルバムような作りになっていて、
テーマに沿って、9〜10の物語があり、
それが歌になっています。
阿久悠さんの本領発揮って感じ。
ノリノリで書いてたんだろうなあ。
ジュリーも「かっこよすぎる」と言っていた
その世界観はともかく、書くのはすごく楽しそうだ。
その「阿久悠ワールド」が強烈なせいで、
これらのアルバムには、あんまり「ジュリー」は
現われてこないように思います。
歌ごとにその人物になりきってしまい、
自分というものがないのが「ジュリー」だと、
私は繰り返し言ってるわけですが、
それでも、
年上の人と別れたくなくて駄々をこねているのも、
ニーナを想って嘆いているのも、
気になるお前にちょっかい出してるのも、
「ジュリー」ではあるんですよ。
その都度違うたくさんの「ジュリー」がいるっていう感じ。
でも、阿久悠さんのアルバム曲のいくつかでは、
その世界観が完璧すぎるために、
「ジュリー」が入り込む余地はなく、
そこにいるのは、
ウイスキーをソーダで割ってる「探偵」だったり、
「雨だれの挽歌」を聞きながら女と別れる男だったり
するんです。

前回のエントリで私は、
「男の人でこういうの好きな人いるんじゃないですかね、
って感じのお話でした」
なんつって、ジュリーのかっこよさとは別に、
内容に関しては、ちょっと冷た目のコメントをしています。
この探偵物ってジャンルは、70年代後半には大人気でした。
70年代に限らないか?
でも、私の印象ではそんな感じ。
単に、私が一番本を読んでいた時期が
その頃っていうことかもしれませんが。
テレビドラマの方の「哀しきチェイサー」で、
タケシと北川刑事が声を合わせて盛り上がっていたように、
ボギーのマーロウにハマっている男子は、
佃煮にするほどいたし、
女子でもハマっていた人は多かったと思います。
私も、おおもとのチャンドラーは読んでませんが、
当時出ていたハードボイルドものと言われるシリーズは、
いっぱい読みましたよ。
翻訳ものよりは、日本の作家のが多かったかな。
大藪春彦とか生島治郎とか矢作俊彦とか、
景山民夫はちょっとあとか?
だんだん思い出してきたぞ。
半村良のアダルト・ウルフガイシリーズも、
最初のころはハードボイルドものっぽかった。
特異体質な探偵さんだけど(笑)。
私は女子だけど、これらの探偵物の主人公たちに
乙女萌えしてたわけじゃなく、
どっちかというと、タフな探偵になりたいと思いつつ、
読んでたように思います。
裏社会に通じていて、格闘技や銃を撃つこともできて、
一匹狼で、自分だけの正義に従って行動してる。
ちょっとした傷を負った過去もあり、
ハードボイルドになり切れない甘いところも持っていて、
お話の最後には少し苦い思いもしたり……。
ああ、かっこいい。
だから、後年、女探偵が活躍する、
スー・グラフトンのアルファベットシリーズとか、
サラ・パレツキーのウォーショースキーシリーズとか、
パトリシア・コーンウェルの検屍官シリーズとかが
出てきた時は、大喜びで読み耽りました。
あ、また読みたくなってきちゃった。
……………
興奮して、話が大幅に脱線しましたすいません。

という具合にですね、
これだけでひと晩語り続けられちゃうくらいに、
「探偵物」は一大ジャンルとして確立していまして、
その世界観はかなり明確に広く共有されています。
だからこそ、阿久悠氏は「探偵」というタイトルで、
ひとつの映画のような歌詞を書いたのだし、
そして、それを聴いたマキノノゾミ氏の脳内には、
ある探偵が事件を解決しつつ、
さまざまな人間模様が繰り広げられるいうお芝居が
ぶわ〜〜〜〜と湧き上がったんだと思います。
んで、1作目の音楽劇「探偵~哀しきチェイサー」が上演され、
シリーズ化は探偵物のお約束だからなのか、
今年はシリーズ第二弾てことなわけです。
1作目の方は、私は見ていないのでわかりませんが、
この音楽劇「探偵2」の主人公・花山新太郎さんも、
他の探偵物のパターンをちゃんと踏襲していて、
いろんな物事を見通しているがゆえに、
少し人生投げやり気味に暮らしているけれども、
自分の正義だけは絶対に曲げない、というそんな人物。
ものすごくかっこいいです。優しいしね。
過去に妻子を亡くしているというところも、
ハードボイルドの基本をきっちり押さえています。
最初は依頼された捜査に乗り気じゃないのに、
途中から深みにハマって抜け出せなくなるとか、
依頼人の女性とのほんのりロマンスとかも、
お約束通りです。
なので、
新さんが早い段階で真相に気付いてたらしいのも、
依頼人の女性といい感じになるのも、
説明がなんもなくとも、
「あ、そういうことね」と、納得させられちゃう。
「探偵さんだからね」って。
私も観てる時はそんなふうに、
お約束通りに受け取って、なんの疑問もなく、
スルスルとストーリーを追っていたんです。
最初に書いたように、
謎ありアクションありどんでん返しありの、
ワクドキサスペンスだしね。

でも、
「あーおもしろかった」
「新さんジュリーかっこよかった〜」
と劇場を出て、ステージを思い出しつつ、
どこがおもしろかったか、
どこが萌えたかとか考えていたら、
ちょっとわかんなくなってきたんですよ。
で、なんでだろう?と、うーーーんと考えて、
去年の「お嬢さん〜」と比べてなんか物足りない気がする。
それって「ジュリー」成分が少なかったってことじゃない?
と思い付いたわけでございます。
単なる「探偵物」ではなく、
「ジュリー」の音楽劇って思って観ていると、
探偵・新さんの完璧なキャラがくっきりし過ぎていて
隙がないために、「ジュリー」が現れる余地がない。
なので、「あれ?」ってなる。
ジュリーはなんでそこで謎が解けたの?
ジュリーはなんでその女に惚れてんの?
「新さん」ならわかる。
なんせ探偵さんだからね。
でも、「ジュリー」と思って観ると、
ちょっと説明不足で物足りない気がする。
「私のジュリー」はそんなに簡単に女に惚れないよとか、
「私のジュリー」はそこまで親切じゃないよとかね。
そこになにか説明がないと落ち着かない。
そんなことだったんじゃないかと。
私は、ジュリーが出てるお芝居を観に行ってるんじゃなくて、
お芝居に出てるジュリーを見に行ってるんですね。
マキノさんや他の出演者の方々には、
本当に申し訳ない失礼な見方だし、
おそらくジュリーだって、
こんな見方をされたら嫌だろうなあとわかってはいるんですが、
以上が私が音楽劇「探偵〜哀しきチェイサー2」を見て思った
正直な感想です。

上の文章中でも何度も言い訳してるように、
この音楽劇はお芝居として本当におもしろいし、
役者さん達もみんな達者で、
ジュリーも申し分なくかっこいいです。
これは本当。
観てよかったと思ってます。
なので、「物足りない」というのは、
私の個人的な偏った見方の、
一面的な感想だということはご了承くださいませ。
でも、その「物足りない」のがなんでかって考えてたら、
この前からずっと考えてた「空っぽのジュリー」考察と
絡んでくるなあと思ったので、
書かずにはいられなかったというわけです。

長々と申し訳ない。


あ、そうそう、
こんなことを考えたきっかけはもうひとつあって、
この音楽劇を観た夜、
「かっこいい新さんが夢に出てこないかなー」
と思いながら寝たら、出てはきた(!)んですが、
新さんが、なんと若ジュリーだったんですよ。
トレンチコート着てあちこち走りまわったりしてて、
(微妙に「太陽にほえろ!」の貞文さんと混じってる?w)
相変わらず綺麗でかっこよかったんですがね、
その夢を見ながら、私はなんとなく、
「新さんはあんたじゃなくて、今ジュリーじゃないと〜」
って思ってたんですよ(笑)。
で、目が覚めて、
せっかく綺麗なジュリーが夢に出てきてくれたのに、
いろいろと残念な夢だったなあと思いまして、
じゃあ、若ジュリーがあの音楽劇に出るとしたら、
どの役だったらぴったりだろう?と考えたんですね。
で、やっぱこれしかないなと思ったのが、
依頼人の女性・ナンノがやってた役。
あのヒロインは、ある秘密を抱えていて、
それが新さんと関わることで、揺れ動いていく。
それで、「私のジュリー」には、
揺れ動いていてほしいんだと気が付いて、
こんなことを考えちゃったりしたんですよ。
今ジュリーなら、どっしりと(体型ではなくw)、
揺れ動かない新さん役も、
きちんとハマっていたんですけどね。


でもね。(でもねってこたないか)
音楽劇を観てる間は「物足りない」なんては思ってなくて、
すごく楽しんで観てたところもあり、
しっかり萌えどころも発見しておりました。
新さんの元同僚の刑事の中川って人がいるんですけどね。
この人とのわかり合ってる感じがね〜
なんともね〜
かんともね〜〜
萌え〜〜〜〜でございましたのよほほほ。
いろんな場面でのふたりのやり取りが
なんとも言えずニヤニヤものでした。
ありがとうございました。



相変わらず、長々とすいません。
こんなとこまで読んでくださってありがとうございます。
ジュリーについて語ってると長くなるね。
っつうか、いくら語っても語り足りません。
ああ、楽しい。

ところで、「探偵」にしろ「雨だれの挽歌」にしろ、
ジュリーはその世界観を完璧に歌い上げていて、
「ジュリー」が入る余地がないんだなあと、
上でも書いたように思っていたんですけどね、
この原稿を書くために78年当時のアルバム収録の音源を
あらためて聴いていたら、
……あれ? ジュリーじゃん?
と。
他の70年代の若ジュリーの曲を聴く時と同じように、
ドキドキする。
っていうか、特に若ジュリーの歌声って、
聴いてると妙にドキドキするんですが、
そんなことないですか?
歌詞の内容とかそういうことじゃなく、
「声」がドキドキする。
それはなんでかってこともあれこれ考えたんですが、
それはまた別のエントリで。

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コメント
この記事へのコメント
ゆうさん、こちらでは、初めましてこんにちは。
なが~いご感想、ご考察に、これだったんだ!と、意を同じくして同じくして思わずコメントしちゃいました。って、今年は私まだ観てないんだけどもね(#^.^#)
一昨年の探偵の初回の時に感じた私の気持ちそのもの!カッコイイんだけどどっか物足りない??あの感覚は私の中のジュリーが少なかったせいなのね
今年もそこんとこ、覚悟して楽しんできま~す(って結局楽しむんかい?)by julie
2013/04/05(Fri) 11:26 | URL  | maron #KOXVd.r6[ 編集]
maronさま、いらっしゃいませー
コメント、ありがとうございます。
そうですか。初回の「探偵」で同じように感じられましたかー。
ご賛同いただき、嬉しいです。

まあ、「物足りない」なんていうのは、
ファンのないものねだりのようなものですしねえ。
新さんジュリーの世界に浸れれば、
十分楽しめるお芝居だと思います。
南野陽子さんはお綺麗ですし、
時代設定が昭和34年ということで、
レトロな雰囲気が素敵で見応えありますよ。
2013/04/05(Fri) 12:46 | URL  | ゆう(管理人) #-[ 編集]
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