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さて、タイトルのとおりのことを企てとりまして、
どこまでできるかわかりませんが、
ずっと考えていたことではあるので、
だらだらとやってみようかと思います。

思えば、ジュリーがソロデビューしてから、
テレビに出まくって、ヒット曲を連発していた
1971年から1985年ごろまでの約15年間というのは、
私がちょうど10歳から25歳のころ。
自分自身が「女」を自覚し(させられ)、
「女」であることで様々な問題に直面してきた時期と
ぴったり重なります。
ジュリーの当時のシングル曲はほとんどがラブソング。
当然、歌詞の中には「君」「あなた」「おまえ」という、
おそらく「女」であろう相手が出てきます。
歌は世につれ世は歌につれ(古い)ですからね、
その間の世間の変化、
主に女性に対する考え方の変化というやつは、
私がリアルタイムで経験してきたことにも連動するし、
その当時の世間様が考えていた女性像みたいなものを
ジュリーのシングル曲をネタにして掘り下げてみたら
おもしろいんじゃないかなーという、
そんな企画でございます。
掘り下げるというよりも、
掘り散らかすみたいなもんかもしれませんが、
ご笑覧いただければと思います。

とはいえ、
私はジェンダー研究家でもなければ、
昭和史の専門家でもありませんし、
音楽史についてもまったくの素人です。
これからジュリーの曲に絡めて書き散らす、
その時代の雰囲気や「女」に関するあれこれは、
ド田舎の家のお茶の間でテレビを見て育ち、
その後単身上京し、いろんな失敗もしながら
なんとか生きながらえてきた、
ひとりのふつーの昭和の少女が経験し感じてきた、
サンプルのひとつと思ってくだされば幸いです。

本当は、記事をある程度書き溜めてから、
コンスタントにアップしていこうかと思ったんですが、
なんせ、「A面コレクション」に収録されたものだけでも
44曲もありますからね、
あまりにも進まないので見切り発車です。
なので、たぶん途中で間が空くことと思います。
気長にお付き合いくださいませ。
よろしくお願いします。


さて、一回目と二回目は、概観というか、
ジュリーの「A面コレクション」に収録されている曲について、
その内容と変化をざっくりとかけ足で。

えー、私は5年前にこのブログで、
「ジュリーのシングル曲で妄想」と題して、
ジュリーのシングル曲を無理矢理繋げて、
じゅり」というひとりの男の女性遍歴という物語を
妄想したことがありました。
ブログの記事はだらだらと各曲についての
私の思い出話なども付記してますので、
相変わらずの長文になっちまって、
計9回に渡って連載してますが、
要約すると以下のような感じ。

自分が「君をのせて」夜を渡る舟になりたいなんて、かわいい恋をしていたじゅりくんでしたが、ほどなくしてそれが「許されない愛」であることが発覚。「あなただけでいい」「死んでもいい」と必死に「あなたへの愛」を語りますが、「危険なふたり」な関係に耐えられない彼女はじゅりの元から去っていってしまい、「胸いっぱいの悲しみ」に暮れるじゅりくん。
去っていった彼女との「魅せられた夜」に思いを馳せつつも、そこはまだ若いじゅり「恋は邪魔もの」なんて言いながら昨日まで愛していた女に似ているお前にぐらっときちゃいます。でも、今度の彼女=ニーナはヤンデレが高じて精神を病んじゃったのか、あっという間に一緒にいられなくなり、じゅりはひとり「追憶」に浸りつつ、「白い部屋」で彼女のことを思うしかない日々。気晴らしに「巴里にひとり」旅をしてみますが、なにを見ても感じるのは彼女のことばかり。腹を括って「時の過ぎゆくままに」彼女と堕ちていくのも幸せだよと帰国して、いっときはふたり冷たい身体を合わせてたりしましたが、なんとか立ち直って歩いていく彼女をじゅり「立ちどまるなふりむくな」と応援しつつ見送るのでした。
今度こそ楽しい恋をして青春を謳歌するんだーと思ったのか、新しい彼女に「ウィンクでさよなら」される心配をしながらも別の誰かと浮気したり、「コバルトの季節の中で」あなたを見失いたくないのです〜とか弱音を吐いて甘えてみたりしてますが、見慣れぬコンパクトに気付かぬふりをするほどにできた彼女も堪忍袋の緒が切れて、「さよならをいう気もない」と去っていき、それをじゅりは背中で聞きながら、「勝手にしやがれ」と壁際で寝返りを打つ立派なダメ男に成長しました。
その後は、真面目にやるのもアホらしくなり、「憎みきれないろくでなし」になってみんなをひきずって恋に埋もれて死ぬ気でいたじゅりですが、どうしても本来の「サムライ」な地が出てしまい、いい女のジェニーにも別れを告げて旅立ちます。
チャラい水兵さんになって港々の女達に「ダーリング」なんつって唾を付けてまわっているうちに大きな愛を見つけ、「ヤマトより愛をこめて」今はさらばと言わせないでくれと訴えかけ、「LOVE(抱きしめたい)」と迫りますが、帰る家のある彼女は灰色の冬の街を駆け抜けていってしまいます。
またしても実らなかった恋に、男と女はつらい芝居を続けているだけじゃないかと、「カサブランカ・ダンディ」を気取ろうとするじゅりくんでしたが、「OH! ギャル」とか言ってもてはやされ、強くなってきた女の子たちに振りまわされっぱなしで嫌になり、男はみんな「ロンリー・ウルフ」さとやさぐれそうになりましたが、「TOKIO」のきれいな夜景を一緒に眺め、「恋のバッド・チューニング」を楽しめる彼女を見つけることができました。
めでたしめでたしと思いきや、ここでまたもやじゅりのこれじゃダメだ病が発病します。「酒場でDABADA」と呑んだくれた挙句、優しい女とはおさらばしようとしますが、やっぱり「おまえがパラダイス」だったとあっさり戻ってくるじゅりくん。そんな自分勝手なじゅりに彼女はご立腹で、「渚のラブレター」を渡してどうにかヨリを戻そうとしても、なかなか許してはくれません。しびれを切らしたじゅりは、俺も脱ぐからおまえも脱げ、愛は「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」さと強気で迫ってみますが、「麗人」である彼女はあれもタブーこれもタブーです。
息苦しくなったじゅりは、出会ったばかりのセクシーイブと「おまえにチェックイン」なんつって浮気しますが即効でバレ、「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」とか言って開き直り、「背中まで45分」で触れちゃう名前もすぐに忘れる女とまたまた浮気。そんな浮気を繰り返したってユウウツが晴れるわけもなく、僕は「晴れのちBLUE BOY」だよ、花火よりもひとりぼっちなんだとか言って同情を買いつつ、「きめてやる今夜」とまた強気に出てみますが、これも失敗。どうにも「どん底」のふたりにさすがに嫌気が差したじゅりは「渡り鳥はぐれ鳥」になってどこかに飛んでいってしまいます。
それでも最後は「灰とダイヤモンド」が同じ成分であるように、彼女を思う気持ちは変わらないと気付くじゅりくんなのでありました……。



申し訳ないですが、ここでは、
英語曲2曲とカバー曲(AMAPOLA)は省かせていただきました。
あとでだらだらとやる予定の、
曲ごとの解説の時にちょこっと触れるかもしれませんが、
予定は未定。すみません。

え〜〜と〜〜〜……、
最後のほうがぐだぐだですが、
それには理由があります。たぶん。
それについてはあとで語ります。たぶん。

しかし、41曲もあると、
じゅりくんの15年間も波瀾万丈ですね。
相手のことが好きだ好きだつって盛り上がってる時期と、
やさぐれて旅立っちゃったり浮気したりの時期が
交互に来てる感じですが、
おもしろいのが、
初期のころはじゅりが振られるパターンで、
後期はじゅりのほうからおさらばしたりする
パターンが多いことです。
しかも、初期は基本的に真面目に愛を語っていて、
やさぐれたりやんちゃしたりするのは
3〜4曲に1曲ぐらいの割り合いなのに、
中期は1曲ごとに真面目とやさぐれが交互に現れ、
後期はもうずっとやさぐれじゅりになってます。
これは、70年代と80年代の時代が求める
女性観の違いが反映されているんじゃないでしょうか。
この15年間というのは、こんなふうに男女間の力関係が
激しく変化した時代でもあったのかなあと思うんですよ。
ま、そう思ったことが、この連載をやってみようと思った
動機でもあるんですけどね。


長いのでまだ序章ですが、一旦ここでアップします。
続きます。



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コメント
この記事へのコメント
昨日から
昨日からここのブログを読み始めました。私はテレビに出ていた頃のジュリーしか知ら無くて、たまにYouTubeを見ては、やっぱりジュリーは素敵と思っているくらいのファンでしたが、去年から火がついてしまって。今年、初めてジュリーのLIVEに行きました。頑張って今のジュリーに追い付きたいと思います。ブログじっくり読ませて頂きます。時間がかかっても完走される事を願っています!
2015/02/11(Wed) 13:27 | URL  | こまろ #5ph1PDAM[ 編集]
初めまして。″じゅりのこれじゃダメだ病″には笑いました。筋が通っていて面白かったです。昔好きだった(りぼんの?)漫画家さんにあさぎり夕さんという方がいて、色っぽいジュリーの絵を後書きか何かに描いていたのを突然思い出しました。(まさに少女漫画で育ったんだなと再確認。漫画の話をしていたら将来認知症防止になるに違いありません)。
2015/10/01(Thu) 21:17 | URL  | KHS #-[ 編集]
KHSさま、はじめまして
コメントありがとうございます。

「これじゃダメだ病」は、当時の男性一般の意識がジュリーのシングル曲に反映されているんだろうなあと思うのですが、繋げてみるとなんとなく繋がっていくので考えるのもおもしろかったです。

私は残念ながらあさぎり夕さんの作品はあまり読んでませんが、70年代から80年代にかけての少女漫画家さんの中にはジュリーのファンの方がたくさんいらっしゃって、作品中にもよくジュリーやジュリーの格好をしたキャラが登場していましたね。
少女漫画は昔のものを読み返すと懐かしくもまた新しい発見があったりしていろいろ考えさせられますし、ほんと認知症防止になりそうです。
2015/10/01(Thu) 22:21 | URL  | ゆう(管理人) #-[ 編集]
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