「ジュリーのシングル曲で昭和女性史」を考えてみよう、
という無謀なことをやっております。
どこまで続くかわかりませんが、
途切れ途切れにでもやっていこうかと思います。
カテゴリは【ジュリーシングル曲で昭和女性史】
できれば、最初から順番に読んでいただけると嬉しいです。




「君をのせて」その1からの続きです。


「結婚しようよ」などのいわゆるフォークソングは、
男と対等に並んで歩く進歩的な女性像とか、
そういった男女関係に憧れた多くの人たちが聴いて、
大ヒットし、ブームになったわけですが、
それは、歌い手が「普通の」若者たちだったということが
大きかったんじゃないかと思います。
超かっこいい男の子ではなく、
ジュリーのようにキラキラに綺麗な顔をしているわけじゃない、
自分の家の近所にもゴロゴロいそうな、
長髪にしてベルボトムのジーパン履いて、ギター弾いてる、
親世代には眉をひそめられているようなお兄ちゃんたち。
実際、ド田舎の私の家の近所にもいました。
「あそこの息子さん、東京から帰ってきたら、
 髪の毛こーんなに長くなってて…。親御さんも大変ねえ」
なんつって母親が近所のおばさんと話してたのを記憶してます。
そんな、どこにでもいそうな、
匿名性の高い若者たちが歌ってるということで、
フォークソングの中の恋愛は、
普通の女の子たちにも、
もしかしたら自分にも訪れるかもしれない未来として
憧れと希望を持って受け入れられたんだと思います。
吉田拓郎も南こうせつもさだまさしも、
1971〜72年当時はまだまだ新人で匿名性が強かったし、
なにより見た目が「普通」でした。
それに比べて、ジュリーは違います。
すでにザ・タイガースで一時代を築いていて、
女の子たちだけじゃなく、ほとんどの日本中の人たちが
ジュリーのことを知っている。
しかも、そのイメージは「星の王子さま」です。
全然「普通」じゃないです。
だいたいあんな綺麗な顔をしたお兄ちゃんは、
そんじょそこらにはいません。
ジュリーのソロデビューにあたって、
当時ブームになりつつあったフォークソングで売り出したら
いいんじゃない?という(安直な)企画は、
ジュリーがもはや「普通」の人ではなかった点で、
ちと目測を誤ったと言ってもいいんじゃないでしょうか。
いくらジーンズにTシャツとかの普通の格好で歌ったとしても、
数年前まで「星の王子さま」だったジュリーですからね。
ましてや、ベルベットのフォーマルスーツなんか着て
歌われちゃったらもう、
ちょっと大人になって帰ってきた「王子さま」ですよっ。
そんなジュリーが君をのせたいと言う舟は夢の国の舟のようで、
そういう意味での憧れはあったかもしれませんが、
全然現実的ではありません。
しかも、そんな夢の舟に乗せてくれる星の王子さまと
肩と肩をぶつけるなんて、できなくないですかっ!?

以前にここで長々と語ったように、
ジュリーというキャラクターは空っぽで、
発信するべきメッセージをその中に持っていません。
少なくとも、持っていないように見えます。
与えられた歌の主人公になりきり、
その世界をその都度表現するという歌い手です。
「君をのせて」では、ジュリーはこの「僕」になりきり、
肩と肩をぶつけながら一緒に遠い道を歩く彼女のいる
かわいい「僕」を演じているだけなんでしょうが、
この曲に関しては、時代とリンクしている
その世界観が妙にリアルだったために、
ジュリー本人と「僕」との間が近く感じられ、
聴いてるほうはどういう受け取り方をしたらいいのか
わかりにくかったんじゃないでしょうか。
「君をのせて」の「君」は結構リアリティを持った
新しい「女」として描かれていて、さらに、
現実に「これからはこうありたいね」と言われているような、
新しい男女関係が歌われている。
ただただ、君に恋をした、君に会いたい、愛してる、と、
自分の恋心を訴えていたザ・タイガースのころの曲とは、
ちょっと違います。
この「僕」は、私の知ってる星の王子さまのジュリーじゃない……。
ザ・タイガースからのファンたちは、
そんなふうに戸惑ってしまったのかもしれません。
この「君をのせて」は枚数的にはあまり売れず、
大ヒットとはならなかったようですが、
そのへんに原因があるんじゃないかと思います。

ジュリーはこの曲が難しくて、歌うのが
「イヤだったわー」「もう、すっごいイヤ」
とか言ってましたが、
メロディが難しいのはもちろん
(音域が広いんですよね。私はカラオケで自爆しましたw)
ジュリー自身、その世界にうまく入り込めなくて、
どう歌ったらいいかわからなかったということも
少しはあったんじゃないでしょうか。
当時のテレビ番組で歌うジュリーを
YouTubeで見たことがありますが、
なんだかぼや〜んとしていて、
その後の「許されない愛」以降、
いろんなアクションや表情で歌を演じていたのとは
ちょっと様子が違う印象がありました。
ま、ぼや〜んとしたジュリーもかわいいからいいんですが、
それは後追いで見ているから思えることで、
当時は、なんだか今までのジュリーとは違うなあとか、
ソロはこういうイメージでいくのかしら?とか、
それまでのファンも様子を見てるっていうところも
あったんじゃないでしょうか。

この曲は、72年公開の映画「虹を渡って」の
劇中歌として使われていて、
石本昭夫という役で出演していたジュリーが、
ヨットの上でギターを弾きながら歌うシーンがあるんですが、
その時は、そんなにぼや〜んとした感じはしません。
おそらくジュリーは、映画では、
主演の天地真理扮する星野マリのことが好きな
石本昭夫という人物になりきっていて、
その世界観をしっかり掴んでいたからじゃないかと思います。
やっぱりジュリーにとって、
歌うことは演じることだったんじゃないでしょうかね。

これと同じ現象は、9年後の「ロンリー・ウルフ」のときにも
現れているように私は感じていて、
詳しくはその記事で語ろうと思いますが、
「ロンリー・ウルフ」も、ある物語のワンシーンというよりは、
現実と地続きなリアルな男の心情を歌った曲で、
そういう曲をジュリーが歌うとどうもそぐわないというか、
うまくハマっていない感じがします。
どんな曲も、その世界の人物になりきって演じ歌い、
見事に表現する、ジュリーはそういう歌手だと思いますが、
曲によっては、そういう表現方法では、
うまくいかないものもあるということでしょうか。
ま、これは私の個人的な感想ですので、
そんなふうには感じない、
ジュリーが歌う「君をのせて」「ロンリー・ウルフ」
大好きという方も、もちろんいらっしゃると思います。
そこはそれ、
ジュリーの楽しみ方は人それぞれですからね。

最近のライブでジュリーはこの曲をよく歌うんですが、
今ジュリーが歌う「君をのせて」は、私も大好きです。
ジュリーが星の王子さまだったのは
もう45年以上も昔のことになり、
その間、ジュリーにも聴いているこちら側にも
いろーんなことがあって、
いろーんなリアルを積み上げてきたおかげで、
ジュリーが歌で表現する世界観もバリエーションが増え、
肩と肩をぶつけて歩く関係性も、
君をのせる舟になろうという男=ジュリーの気持ちも、
素直に受け取れるようになったのかもしれません。
ソロデビュー曲だからか、なにか特別な思いがあるのか、
ジュリーが本当に大切に歌っているのが伝わってきますし、
この曲を歌ったあとにする、
片足を引いて胸に手を当てる、bowというお辞儀も
優雅でかっこいいです。
あと、若ジュリーに「君をのせる舟になろう」って言われても、
その舟は一体素材はなにでできてるの?とか、
耐久性はどうなの?とか、
いらん心配をしてしまいそうですが(失礼w)、
今ジュリーだったらどっしり安心、
大船に乗った気持ちになれそうな、そんな感じがしますしね。
(もっと失礼かwww)

なんにせよ、こうして長々と述べた理由により、
ジュリーのソロデビュー曲にして、
シングルラインナップの中では、
ちと異色な「君をのせて」ですが、
楽曲としては、本当にいい曲だと思います。
上でも書いたように、
いろんな要素が盛り込まれた歌詞も
新しい時代の若いふたりの恋を提示していて秀逸です。
ジュリーがこのあと路線変更せず、
フォークソング路線でずっとシングルを出し続けたら、
もしかしたら、全然違うタイプの歌手になっていたのじゃないか、
なんて思ったりもして、
そういう妄想もまた楽し、です。


と、ここまでが、「君をのせて」の「表」の解釈です。
超長文になっちまいました(笑)。
こんな調子で「灰とダイヤモンド」まで完走できるんだろうか…。
たぶん、こんなにたくさん語れない曲もあると思うので、
大丈夫大丈夫……(だと思いたい)





で、ここから先は「裏」の解釈です。

「君をのせて」に関しては、まずは私の妄想ではなく、
腐女子ナカーマ…もとい、大先輩の、
久世光彦塾長の妄想をご紹介しましょう。
以下、塾長著書「みんな夢の中」より引用。

「君をのせて」があんまり好きで、二十年ほど前、「七人の刑事」でこの歌をテーマに使ったことがある。中島梓さんの脚本で、街の無頼な私立探偵もどきの男が内田裕也で、彼とコンビのちょっと知能の遅れた美少年が沢田研二という配役で、《悲しきチェーサー(原文ママ)》というサブ・タイトルが付いていた。《刑事物》のドラマとしては妙なものだったが、私は《陶酔》した。木枯らしの草原を、この二人が一本の洋モクを回し喫みしながら縺れていく回想シーンを撮っていて、私は胸が熱くなり、ちょっと泣いたような記憶がある。裕也が暗いナイフのようで、Julieは色っぽい、紅い扱帯みたいだった。だから私は、「君をのせて」の《君》は、男だと思っている。つまりこの歌は、チロチロと秘やかな炎を上げるホモ・セクシュアルな歌なのではなかろうか。そう思うと、Julieが歌った数々の歌が、みんなそんな風に思えてくるから不思議である。「時の過ぎゆくままに」の《あなた》も、「勝手にしやがれ」の《お前》も、戸籍謄本を調べたらきっと《男》と記されているに違いない。



ただただひれ伏すばかりでございます。
戸籍謄本て……。はぁ、そうですかーーーー。(白目)
もっと精進しなければ。
しかし……
「だから私は、「君をのせて」の《君》は、男だと思っている。」
の、「だから」が、なんで「だから」なのか、
わかりません!!!わかりません!!!!!!
でも、わかります!
だって、歌ってるのがジュリーだから!
そういうことですよね!? 塾長!!!

まー、確かに普通は身長差がある男女では、
肩と肩をぶつけることは難しいですし、
男の子同士で肩をぶつけ合って、
キャッキャウフフしながら歩いている図というのは、
よく見かけますからね。
そう考えると、
「君をのせて 夜の海を渡る舟になろう」
というフレーズも、なんだか隠微な暗喩のようにしか
聴こえなくなってしまって、
どうしてくれるんですか! 塾長ーー!
爽やかな歌なのにーーーー!!

ドラマ「哀しきチェイサー」の中での
アホの子ジュリーと裕也さんの萌えーな関係のことは
この記事で長々と語ってますが、
申し訳ないことに、裕也さんにはあんまり萌えない私。
アホの子ジュリーはほんっっっとうにかわいいですけどね!

なので、
ここはやっぱり、「君をのせて」の発売が
PYGの活動時期とかぶっていたということもあって、
妄想するならお相手はショーケンのほうがいいなあと、
私は思うんですよ。
この「君」と「僕」が対等な関係に描かれているところも、
ショーケンとジュリーにぴったりじゃないですかね?
どうですかね?(って言われても?)

新しいロックをやるんだーと
ツインボーカルでPYGを始めたふたりでしたが、
なかなかうまくいかず、世間の風当たりも強かった。
そんな風に向かいながらも、
PYGという新しい靴を履いて、僕らは並んで、
地図もない遠い道を行こう。
君=ショーケンが心ふさいで歌えないというなら、
僕=ジュリーが粋な歌を歌うよ。
人の言葉=ステージでの心ないヤジを飛ばされて、
夢のむなしさを知ったときには、
ふたりだけで夜の海に漕ぎ出そう。
ローエンドロー、ローエンドロー(違


なんてねなんてね。



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コメント
この記事へのコメント
問題作 ”君をのせて”ですが、
おお、正統派で論じてるなあと
読んでいたら、うふふふ。
やっぱり こっちが 正統派ですよね!! 塾長!

私もこの頃のジュリーは全然記憶にありません。でも、今見ると
可愛くって可愛くって 食べてしまいたいくらいだわ。 
2014/10/03(Fri) 07:09 | URL  | nekorin #-[ 編集]
nekorinさま、こんにちはー
今回はちょいと真面目に、ジュリーの曲を正統派で論じてみようという企画なんですが、
「裏」の解釈はどうしても付いてきちゃいますよねえ。
だって、ジュリーですから!(笑)

私もこのころのジュリー、大好きです。
タイガースのころよりも大人っぽくなって、でもかわいくて……。
美人度も増していて、見てるとどきどきしちゃうんですよね。
2014/10/03(Fri) 17:18 | URL  | ゆう(管理人) #-[ 編集]
ファンレター
いつも楽しく読ませていただいています。
面白く、読みやすく、分量(文量?)大盛り、3拍子揃った良い連載ですね。
楽しませていただいたお礼に萌えネタを一つ。
身近に170cm52kgの恐れ多くも若ジュリーさまと同じ体格の男子がおります。胴囲(ウエストではない)67cmですorz…多分、若ジュリーもそのくらいしょう。メジャーで輪を作ると細さが解ります。182cm65kgもいて、凄い体格差です。こんなのに新幹線で喧嘩を売ったジュリーは漢だ。サリーも同じくらいでしたね。この2人が喧嘩する時は182cmが無意識に手加減しています。肩をぶつけ合いながら歩いていたこともあります。
萌えていただけましたでしょうか。
2014/10/04(Sat) 00:12 | URL  | なっかま! #sOtd2.Ms[ 編集]
なっかま!さま、ありがとうございます!
萌えました〜〜。
身長差のある男の子同士、いいですねえ。
しかも、大きいほうが無意識に手加減してるとか……。
ジュリーとサリーもそんな感じだったのかなあとか思っちゃいますね。
…あ、ジュリーとサリーは喧嘩しないか(笑)

私も170センチぐらいの細い男の子を見ると、
「若ジュリーってこのぐらい?」とついつい妄想してしまいます。
んで、体重聞いたりして(笑)。
でも、男の子って細く見えても結構体重はあるので、
タイガース時代のジュリーの48キロって、
どんだけ細かったんだろう、とか思っちゃいますねえ。

「シングル曲で昭和女性史」読んでくださってありがとうございます。
書いているとあれもこれもと詰め込みたくなって、超長文になってしまい、
連載とはいえ、コンスタントにはアップできないかと思いますが、
気長にお付き合いいただければと思います。
2014/10/04(Sat) 10:33 | URL  | ゆう(管理人) #-[ 編集]
すご~い
ゆうさん、超長文連載開始ありがとうございますー。
初回から読み応え充分。

私、この曲は塾長発言知る以前からためらいなく「男の子同士の歌だろう!」と思っておりました。
やっぱり「肩と肩をぶつける」がそう思わせたのか?腐♡な意味じゃなくっても、友情とか?フォークならありそうだなぁと。
恋愛っぽさを感じにくかった理由は君と僕の対等性が高かったからなんですねー、納得。

発売当時の記憶はまったくありませんが(たぶんジュリーそのものを知らなかった)、今のジュリーが歌う「君をのせて」は大好きです。声や想いの深さとなによりあの優雅なお辞儀♡ bowと言うのですね、素敵ですー。

あぁ今夜は肩と肩をぶつけつつきゃっきゃするショーケン×ジュリの夢でも見たいなぁ~♪
2014/10/04(Sat) 23:38 | URL  | kinpira #-[ 編集]
kinpiraさま、ありがとうございます。
だらだらの超長文を読んでくださり、ありがとうございます。
ショーケン☓ジュリーの夢は見られたかしら?

「君をのせて」を最初から「男の子同士の歌」と思ってたとは、
なんという腐感度の高さ!
私は普通に男女の歌だと思ってたので、
塾長の発言を知った時にはひっくり返りましたよ(笑)。

続きも今書いてますが、また超超長文に……。
気長にお待ちくださいませー。
2014/10/05(Sun) 11:32 | URL  | ゆう(管理人) #-[ 編集]
実は私も
私も男同志の歌だと最初勘違いしていました。私のジュリーの記憶は勝手にしやがれくらいからなので、大人になってから初めて聞いたのですが。夜の海岸とか堤防で、男二人がポケットに手を突っ込み、肩と肩をぶつけながら自分の事や未来の事など語り合っている姿を想像しました。親友が心ふさぐ時、そっと側に寄り添って粋な歌を歌っている姿とかも想像しました〜♪
2015/02/11(Wed) 18:34 | URL  | こまろ #5ph1PDAM[ 編集]
こまろさま、いらっしゃいませ
当ブログを読んでくださり、ありがとうございます。
お読みのとおり、ジュリーに関する自分勝手な妄想や想像や推論などをだらだらと書いているブログです。
更新はあまり頻繁にはできませんが、少しずつでも進めていこうと思っております。
ときどきお暇な時に覗きにきていただけたら嬉しいです。
今後ともどうぞよろしくお願いします。

「君をのせて」は男同士の歌だと思ってらっしゃしましたか!
私は男女の歌だという固定観念があったので、なんだかヘンな歌だなあ、ジュリーらしくないなあと違和感があったのでした。素直に聴くべきだったのですね。
>肩と肩をぶつけながら自分の事や未来の事など語り合っている姿
素敵ですねえ。
2015/02/11(Wed) 22:11 | URL  | ゆう(管理人) #-[ 編集]
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