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「ジュリーのシングル曲で昭和女性史」を考えてみよう、
という無謀なことをやっております。
どこまで続くかわかりませんが、
途切れ途切れにでもやっていこうかと思います。
カテゴリは【ジュリーシングル曲で昭和女性史】
できれば、最初から順番に読んでいただけると嬉しいです。




さて、やっとリアルタイムで記憶にある
ジュリーのとこまで辿り着きました。
といってもまだ6曲目かー。
先は長いですね。がんばります。

「危険なふたり」のジュリーは、
綺麗でかわいくてキラキラで、
ほんっとうに\ジュリー!/ですよね。
私の\ジュリー!/のイメージはこれです。
これに尽きます。
今、世間で\ジュリー!/と言えば、
「勝手にしやがれ」の帽子投げとか
「TOKIO」のパラシュートとかが定番で、
テレビ番組での昭和歌謡特集などで
ジュリーが登場するとその辺がほとんどです。
たまに「時の過ぎゆくままに」とかでしょうか。
(ついこの前のテレビ番組で珍しく「危険なふたり」が流れましたが、映像は「サムライ」ぐらいの大人ジュリーでしたね。美しかったですが、やっぱり「危険なふたり」は73年当時のかわいいジュリーがいいなあ)
でも、またその曲の記事で詳しく語りますが、
私にとって「勝手にしやがれ」以降のジュリーは、
もはやおっさん枠だったんですよ。
(あ、すいません。今はそんなん思ってませんよ。1977年当時ってことです)
昔アイドルだった人が復活してきて、
またがんばってる、みたいなイメージ。
おそらく「危険なふたり」のジュリーのインパクトが強くて、
もうそれでがっつり\ジュリー!/ってのが
私の脳内には刷り込まれてしまっていたんでしょうな。
「勝手にしやがれ」はそれから4年後。
子供時代の4年間は長いし、
(小学5年生が中学3年生ですよ)
ジュリーは「勝手にしやがれ」で、
かなりイメージチェンジして再登場!って感じでしたので、
そんなふうに感じたんだろうと思います。

っていうか、
綺麗でかわいい男性アイドルってのを私が認識したのが、
「危険なふたり」のジュリーでだったんですよ。たぶん。
なんせ、GSのころはビジュアルとしては
全然見ていなかったですからね。
(いや…見てたのかもしれないですけど、記憶にはまったく残ってません。残念だー)
私が「危険なふたり」ジュリー以前で覚えている男性歌手は、
タキシードとかスーツか和服、
そうじゃなければ、フォークソングの人たちの
ジーンズにTシャツと、両極端なものでした。
そこにジュリーは、フワフワやキラキラをくっつけた
白いパンタロンスーツで登場ですよ。
紅白なんか、素肌(!)にパールのネックレスですよっっ!
まあ! 奥さん!
前の年に「許されない愛」で紅白に出場したときも、
なんだか異様にキラキラしてますが、
でも、形は普通にスーツで色もブラウン系です。
(これはYoutubeで見ましたが記憶にはありません。でっかい蝶ネクタイがかわいいけど喉がくすぐったそうだw)
それが、1973年の紅白では、
素肌(!)にファーの付いた白いロングジャケット!
手には赤いファーを持ち、ロンドンブーツですよっ!
まあ、大変。
しかも、だいたい直立不動で歌うのが普通だった時代に、
あのアクションです。
派手なアクションでは西城秀樹とかもいましたが、
人気が出るのはもうちょっとあとですよね。
私の父は「危険なふたり」のジュリーを見て、
「あんな、くねくねしながら歌なんか歌えるか!」
とか言ってました。
てことは、それまではあんなふうにして歌う歌手は
あんまりいなかったってことじゃないでしょうか。
私の記憶ではフォーリーブスぐらいです。
でも、あれはダンスだから、
ジュリーの「くねくね」とは違いますよね。
ザ・タイガースのころやコンサートではやっていたんでしょうが、
それをテレビを通じて70年代以降のお茶の間にも広めたのが、
ジュリーだったのだと思います。

私は2009年にジュリー堕ちし、
寝不足になりながらYoutubeめぐりをしてて、
「危険なふたり」紅白動画を見付けまして、
おおお〜〜これこれ、これが私のジュリーだよー、懐かし〜
と、思わずこんな絵を描いちゃったんですけどね。

危険なふたり
クリックしたら拡大されます。

描きながら、あれ? これって、なんか……、
同じような絵を描いたような記憶があるぞ、と思ったんですよ。
ジャケットのフワフワに四苦八苦し、
パールのネックレスが三連だったか四連だったか悩みつつ、
粒粒をチクチク描いた記憶が……。
そうです。
たぶん、「危険なふたり」ジュリーの絵を、
11歳の私も描いていたんだと思います。
どんな絵だったかは全然覚えてませんけどね。
当時は録画なんてもちろんできず、
芸能雑誌を買うような知恵もお小遣いもない子供。
紅白を見てか、他の歌番組を見てかはわかりませんが、
なんとかして、その強烈に印象に残った姿を留めておこうと、
自分の記憶だけを頼りにああでもないこうでもないと、
広告の裏かなんかに一生懸命描いていたんでしょう。
ああ、三つ子の魂百までとはこのことか。
35年後に当時の録画や画像を(何度でも)見られて、
それをなんとか自分が納得するぐらいには、
きれいに描くことができてよかったね、小さい私……(涙)。

てなほどに、インパクト大だった「危険なふたり」
ジュリーのビジュアルももちろんですが、
その曲も大好きでした。
「許されない愛」以降は
バックに井上バンドが付いていたとはいえ、
アレンジはオーケストラの音がメインで入っていて、
バンドの音とは言えません。
ホーンやストリングスがぱぱぱ〜〜きゅきゅきゅ〜、
ティンパニずどどん、シンバルしゃ〜〜ん、
女声コーラスがわわわわ〜とかの、
これでもかって重厚な音とスローなメロディでは、
子供の耳にははっきり言って、
他のムード歌謡と見分けがつかなかったんだと思います。
今じっくり聴いてみれば、
ギターもベースも入ってるし、
フレンチ・ポップの路線なんだろうなとわかるんですが、
70年代前半の田舎の小学生にそんなことはわかりません。
洋楽なんて聴いてませんでしたしね。
音楽の入り口はテレビの歌番組がすべてでした。
そして、当時の歌番組は演歌とムード歌謡が
ほとんどだったんですよ。

そこに「危険なふたり」ですよ。
イントロからいきなりのギターの音。
つい先日もテレビで布袋寅泰さんが、
ギターイントロの名曲として、
「危険なふたり」を紹介していたそうですが、
音楽に疎い当時の子供の耳にも、
これは新しい!と聴こえたんでしょう。
大人の人たちが「♪わわわわ〜」と歌う
今までの歌謡曲とは全然違うぞと、
そのビジュアルと一緒になって、
11歳の私の脳に突き刺さったんですね。

しかーし、ポップなメロディやバンドの音や
キラキラなジュリーの姿に惑わされてはいけません。
(あ、惑わされても別にいいんですよ。ジュリーには惑わされてなんぼですからね)
「僕」はまだ同じ女にひっかかっているようです。
「あなた」が別れ話をしているのに対して、
「僕」がいやだと言っているシチュエーションは、
「あなたへの愛」と同じです。
でも、今度は「年上のひと」とはっきり言ってます。
やっぱり年上だったのかー。
そして「美し過ぎる」のかー。
「きれいな顔」なのかー……。
不倫三部作では、手を伸ばしてもそこにはもういなくて、
「あなたへの愛」でやっと「僕」のそばにきた「あなた」は、
どんな女なのか、なにを言っているのか、
ようやくこの曲で明らかになりました。

っていうかですね。
「あなたへの愛」では、
「あなた」が「僕」と一緒にいるってことはわかるんですが、
「あなた」の描写は手とか指とかの部分にとどまっていて、
どんな人なのか、ふたりの間柄はどうなのか、
これからどうなるってところなのか……、
こっちはすべてを推測するしかないんですよ。
ま、そこがこの歌詞の素晴らしいところでもあるんですけどね。
「あなたが 言い出せば 悲しく 聞こえる」って、
なにを言い出したのかはわかりません。
「悲しく聞こえる」ってことは別れ話なんだろうなあと、
こちらに推測させているだけです。
「あなたへの愛を」「胸に抱きしめて」「今日まで来たのに」
って、「来たのに」なんなのか、続きがありません。
ジュリーの切なげな「ああああ〜〜」ってな嘆き声(?)で、
明日からはもう抱き締められなくなるってことなのねと、
また推測です。
「あなたの気持ちを 傷つけるつもりは ないのに お互い」の
次もありません。
また「のに」です。
「お互い」って、「お互い」がどうなの?って思ってると、
「冷たい 指先を 暖めて あげたら」って
思い出話になっちゃって、
「傷つけるつもりはないのに」の続きは?
んで、この「お互い」ってフレーズが秀逸だと思うんですが、
これって、メロディに乗って歌われていると
「傷つけるつもりはないのに」と、
次の「冷たい指先を暖めてあげたら」の、
どっちにかかってるのかはっきりしなくて、
「傷つけるつもりはないのにお互い」と
「お互い冷たい指先を暖めてあげたら」というふうに、
脳内で別々に振り分けて聴いてしまうんですよ。
んでもって、
「楽しかった 二人」って過去形になってるってことは、
今はもう楽しくはないのねって、これも推測ですが、
「お互い」が橋渡しをしているせいで、

お互いに傷つけるつもりはないのに

傷つけてしまう

二人はもう楽しくはない

と、
聴き手は勝手に思ってしまうって仕掛けです。
素晴らしいです。

と、思わず「あなたへの愛」の解説になっちまいましたが、
このようにこの曲は推測に次ぐ推測で、
曲全体の雰囲気として、
あと、不倫三部作からの流れで、
「あなた」とは別れなければいけなくて、
ふたりの愛はもう途切れがちだけど、
でも愛の鎖というものがあるなら
それにつながれてどこまでも行きたいんだー
ということは「僕」はまだ別れたくないんだー
ということを歌っておるんだろうなあと
ぼんやりと思わされるってわけです。
いろんなことをはっきりさせずに曖昧にしていることで、
聴き手の妄想を自由にさせてるんですね。
「あなた」はどんな言葉でどんな口調で別れを言ったのか、
どんな見た目なのか、どんな表情をしていたのか、
「僕」とはどんな関係だったのかまで、
すべてが聴き手の思い込みで成り立っている歌詞です。
極端な話、別れたいのは「僕」のほうで、
「あなた」は別れたくないってことを言い出し、
それが「僕」には悲しく聞こえたっていう
物語を当てはめることも可能です。

それが「危険なふたり」では、のっけから、
「今日まで二人は恋という名の旅をしていたと言えるあなた」と、
「あなた」の台詞からの始まりです。
そんで、その「あなた」は
「年上の女(ひと)」で「美し過ぎる」と、
どんな女か、かなり詳しく説明しちゃってます。
さらに
「何気なさそうに 別れましょうと あなたは言う」
とか、はっきり「別れましょう」って言ってるし、
しかも「何気なさそうに」って描写付きです。
親切。
そして、それに対する「僕」の態度も、
なんだか煮え切らなかった感じの
不倫三部作や「あなたへの愛」とは違って、
「僕には出来ない まだ愛してる」
と、はっきり意思表明しています。
別れ話シーンっぽいシチュエーションはこれまでと同じですが、
「僕」の態度はかなり違うように見受けられます。

「危険なふたり」は最初B面になる予定だったのを
「これをA面にしてくれなきゃ、僕もう仕事行かない」
と、ジュリーが会社に書き置きをして脅して(?)、
A面にしてもらったんだそうです。
ハゲ萌えエピソードですよね!
自分が必要とされていることを充分わかった上での
「やめる」発言とか、なにそれかわいい。

では、本来A面になるはずだったらしい、
B面の「青い恋人たち」はどんな曲だったのかというと、
これが、またほぼ「あなたへの愛」と同じです。
加瀬さん作曲の爽やかな曲調も似ています。
そして、曲調は爽やかですが、
歌詞の内容はやっぱり別れ話です。
「あなた」は「愛に背を向け歩いてゆく」んですよ。
ジュリーも明るめの声で、最後なんか朗々と歌い上げてるので、
ぼんやり聴いていると、
「あなた」が前向きに旅立っていくかのような、
いい話のようにも聞こえるんですが、
内容をよくよく聞くと、
「愛に背を向けて あなたは行く」だったり、
「幸せには まだ遠すぎる」だったりして、
やっぱり「あなた」は「僕」とは別れるつもりらしいです。
でも、ちょっと違うのは、
「すべてを許して 抱きしめてあげたい」とか
「すべてを包んで 見つめているのに」とか、
「僕」の態度がちょっと積極的になっているところです。
これまで、妄想の中の「あなた」に
振りまわされるだけのようだった「僕」が「あなた」に、
「許して」とか「包んで」とか言って、
「〜してあげたい」と言ってるんです。
進歩(?)です。
そして最後は
「いつかこの両手に 愛の日(灯?)を」
と繰り返していて、
「愛に背を向けて行く」あなたを口説き続ける
決意表明をしているようです。
ここは、「あなたへの愛」
「二人つながれて どこまで行きたい」と似てますね。

似てますが、「あなたへの愛」みたいに、
その情景を徹底的に聴き手の推測に委ねてはいないせいか、
聴いてるほうは、どんな状況なのか、
逆にわかりにくくなってる気がします。
あいかわらず「あなた」の実像がはっきりしないのと、
「僕」は強気なのか弱気なのかどっちつかずな感じで、
いい話なのか悲しい話なのか、
イメージが掴みにくいんですよね。
そんなことないですか? 私だけ?
これは、今までの「僕」と「あなた」の設定や、
曲のイメージはそのままにっていう縛りがあって、
その中でなんとかして新味を入れようとした結果、
「僕」のキャラがブレてしまった
ということじゃないですかね。

一方、「危険なふたり」の「僕」のほうは、
キャラがはっきりしています。
「別れましょう」と言う「あなた」に
「僕には出来ない まだ愛してる」とはっきり言ってますし、
「聞きたい 本当の事を」と言ってるってことは、
「あなた」は本当の事を言ってないと思ってるってことです。
あなたも僕のことをまだ愛してるんでしょ?
別れましょうって言ってるのも本心じゃないんだよね?
って言ってるんですよね。
かなり積極的です。
もはや駄々っ子と言ってもいいですね。
「あなたは大人の振りをしても別れるつもり?」と
責めてるってことは、
僕は大人の振りなんかできない、
年上のあなたに子供と思われてもいい、
それでも別れたくないんだよー!ってことですね。
まあ、素敵。
ただただ「愛してる」と言い、
でも「あなた」は別れると言うし、
僕にはもうどうしたらいいかわからないんだー!
というおろおろした「僕」よりも、
「僕には出来ない まだ愛してる」と言ってくれる
子供っぽくとも、多少強引な「僕」のほうがいいよね、
という時代の変化もあったのかもしれません。

加瀬さんは、
「あれはZUZUの自分のことでしょ」
とか言ってましたが、ほんとにそうかもしれません。
年上の自分は世間体を考えて、
「別れましょう」と言っているけれど、
それは「大人の振りをして」の嘘で、
ジュリー=「僕」は、ちゃんと本心をわかってくれて、
「本当の事を」「聞きたい」「まだ愛してる」と言ってくれる。
という、自分と年下の男の子=ジュリーとの恋物語を
ZUZUさんは妄想していて、
最初はB面の予定だったせいで、
A面よりは自由に作っっていいよと言われ、
じゃあちょっと遊んでみようかなと、
自分の脳内妄想を盛り込んで作ってみたのが、
「危険なふたり」だったのかもしれません。

そんなふうに、…かどうかは本当はわかりませんが、
できあがった「危険なふたり」は、
それまでのシングルとは全然雰囲気の違った曲になり、
オリコン1位、日本歌謡大賞、レコード大賞大衆賞と、
大ヒットになりました。
それまでの恋に苦しむ鬱々とした「僕」ではなく、
駄々っ子のように「まだ愛してる」と繰り返す、
やんちゃな「僕」を演じるのが楽しかったのか、
ジュリーも本当に楽しそうに歌ってますしね。
これが最初の予定通りにB面になって、
前曲までと同じような曲調の「青い恋人たち」がA面だったら、
きっと11歳の私の耳にも届かず、
私がジュリーを認識することもなかったでしょうから、
「これをA面にしてくんなきゃ、僕もう仕事行きません」
と、かわいい置き手紙をしたジュリー、
グッジョブでございます。


……と、案の定この曲については
超絶長文になっちまいましたので、
その2に続きます。

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