「ジュリーのシングル曲で昭和女性史」を考えてみよう

という無謀なことをやっております。
どこまで続くかわかりませんが、
途切れ途切れにでもやっていこうかと思います。
カテゴリは【ジュリーシングル曲で昭和女性史】
できれば、最初から順番に読んでいただけると嬉しいです。




さて、やっと違うタイプの女が出てきましたね。
ふーー。
不倫時代長かったですね。
……と言っても、
「許されない愛」が1972年3月、
「恋は邪魔もの」が1974年3月のリリースだから、
2年しか経ってないんですよ。
実らない恋に苦しんでいた2年間は長いのか短いのか…。

っていうかですね。
ジュリーがソロデビューしてから2年半弱。
ザ・タイガース解散からも3年とちょっと。
昔は1年に4曲とかシングルをリリースしてましたし、
私が1曲ごとにこんな長々とした記事を書いてるせいで、
もう、もんのすごい年月が経ったような気がしますが、
たったの3年。
当のジュリーはザ・タイガース解散からのこの3年間を、
どんなふうに思って過ごしていたんでしょうね。
なんとなくですが、
「あなたへの愛」のころまでは、
ソロはソロとしてやりつつ、
いつでもPYGに戻れるような気持ちが
あったんじゃないかと思うんですよ。
「あなたへの愛」までのソロ曲って、
ザ・タイガースやPYGでやっていた、
バンドの音や曲とは傾向が全然違うし、
会社から「やりなさい」と言われたからやってる、
みたいな感覚だったんじゃないかと。
自分のやりたいことはPYGでやるからいいもん、
っていう感じだったんじゃないでしょうか。
でも、バンド中心の音でポップな「危険なふたり」ができ、
それをA面にしたいというジュリー自身の希望が通り、
そしてその曲が売れて一等賞になって、
ソロでも自分のやりたい音楽がやれるんだと思ったことで、
このへんから、自分はソロでやっていくんだという気持ちが
ジュリーの中でも固まったんじゃないでしょうか。
73年からはPYGとしての活動もほぼなくなってますしね。
まあ、想像に過ぎませんが。

そんなこんなの、私の想像上では、
ジュリーの、そして日本歌謡界のターニングポイントになった
「危険なふたり」なわけですが、それ以降2曲を挟んで登場した、
同じ路線の曲が「恋は邪魔もの」です。
「危険なふたり」と同じく、ギターのイントロが印象的で、
ノリのいいポップな曲ですよね。
大好きです。
ジュリーの色っぽい「あ〜はあ〜ん」も大好物です。
「胸いっぱいの悲しみ」のB面が「気になるお前」ですから、
バンドサウンドのポップな曲が続いてはいるんですね。
たぶん「胸いっぱいの悲しみ」は、
「危険なふたり」の次だから、変化を付けるために、
こちらをA面にしたのじゃないかと思います。
「気になるお前」も、ジュリーは本当は、
A面にしたかったのじゃないでしょうか。
当時のライブではいつも歌っていたらしいですし、
今でもよく歌いますよね。

そして、この「気になるお前」と、
「恋は邪魔もの」でもそうですが、
女の呼称が「あなた」から「お前」になっています。
「僕」に「死んでもいい」ほど愛されているのに、
「別れましょう」なんて言う落ち着いた大人な雰囲気の、
それまでの「あなた」ではない、
もっと若くてちょっと遊んでる女の子でしょうか。
今度は「年上のひと」じゃなくて、年下なイメージですね。

「危険なふたり」がヒットして、
それまでの、ザ・タイガース時代から
ずっと付いてきたファン以外に、もっと若い人も
ジュリーに注目しだしたせいかもしれません。
11歳の私が「危険なふたり」にピコーンと反応したように、
当時の中学生や高校生ぐらいの女の子たちで、
新たにジュリーのファンになる子もいたんだと思います。
そのぐらいの子たちにしてみたら、
不倫三部作のところで私が延々と述べた、
旧世代の恋愛観、女性像なんて、
もはや歴史上のことと言ってもいいような話です。
レトロな赤毛ものやセレブの物語にぽわわ~んてのは
少女漫画の定番だけど、
かわいいイマドキな女の子に
「僕」がドキドキ(はーと)って話も、
バリエーションとしてあるといいんじゃない?
ってところでしょうか。
そこで、「あなた」に代わって「お前」の登場です。
しかも、「気になるお前」にしても、
「恋は邪魔もの」にしても、
恋人同士になる前の話なんですよ。
いわば出会い編。
恋はこれから始まるのよって話で、
まさにティーンにぴったりのストーリーですよね。
それに、踊ってたり(たぶんゴーゴー)、
お酒を飲んでたりして、
ちょっと背伸びした夜遊びの雰囲気もあり、
遠い世界のセレブなお話とはまた違う意味で、
ぽわわ~んです。

こういう女の子たちの行動は、
親世代の人たちには眉をひそめられたんでしょうが、
小学生や中学生ぐらいの女の子たち(私だ!)には、
憧れだったんですよね。
私ももうちょっとお姉さんになったら、
こんなふうにゴーゴー喫茶とかに遊びにいって、
そしたら、そこにはジュリーみたいな男の子がいて、
(いません)
ちょっと大人な恋をしたりするんだわー、みたいな。
こんな憧れは、そりゃあ、
外国のいつの時代かもよくわかんないような話よりは
身近に感じもし、
自分も大人になったらもしかしたら……
ってな妄想に浸ることもできました。

しかし、
実際大人になってそれらしきことをやってみても、
妄想してたほど素敵でもなかったりするんですけどね。
だいたい、おしゃれな格好をするにしろ、
ゴーゴー喫茶に行くにしろ、お金がかかります。
しかも都会じゃないといけません。
結局のところ、時代が現代になり、
登場人物の年齢が下がった(っぽい)だけで、
庶民には無縁なセレブな世界のお話には変わりはないんです。
そういえば、すごい貧乏なおうちの女の子が
お金持ちとか家柄のいい男の子に見初められて、
周囲の反対を押し切って
「お前でなくちゃダメなんだ」とか言われて、
ゴールインってお話も、
70年代の少女漫画の定番でしたなあ……。

そんなふうに、家柄とか釣り合いとかいうことを無視して
「愛してる」だけで強引に
自分をさらっていってほしいという構造は、
不倫三部作の男女関係とほぼ同じな気がします。
女は男のほうから「僕のそばにいるんだ」とか
言われないとどうしようもない。
っていうか、そういうふうに強引に
言われたい女心ってことでしょうか。
「僕」にそう言わせるために、
「お前」はあれこれ策を弄してる感じがします。
「気になるお前」では、
僕が好きなのを「知ってるくせして」
「お前は他の男とダンスを踊って」気を引いたりしてるし、
「恋は邪魔もの」では、優しくして、
「僕」の気持ちを動かそうとしてますしね。
そういう「お前」に「僕」が振りまわされ、
恋に落ちてくれたら素敵!
っていうことですよね。

それと、「恋は邪魔もの」の歌詞の最後、
「小さな手が燃える」ってのが、
私は秀逸だと思っているんですが、
この、「お前」の「手が燃える」ってことは、
手が熱いってことですよね。
で、「お前」の手が熱いということがわかるってことは、
「僕」は「お前」の手に触れてるか、
「お前」に触れられているかってことで、
「恋は邪魔さ」とか言いながら、
結局「僕」は「お前」と身体を触れ合うような仲に
なっちゃうんですねそうですね!
ということが最後のオチになっているというわけです。
ちょっとエロいイメージもありつつ、
「小さな手」という描写で、
「お前」はまだなにも知らない女の子だということも
匂わせるという合わせ技。
ZUZUさん、さすがでございます。

こう見ると、
「僕」から一方的に「愛してる」と言われ続けるだけの、
ものすごく受け身っぽかった「あなた」よりも、
「お前」は積極的に行動しているように思えますが、
しかし、「君をのせて」の肩をぶつけ合って歩く、
「君」と「僕」との対等な関係とは、
またちょっと違う感じがします。
だいたい「お前」っていう呼び方からして、
男のほうが上から目線じゃないですか?
女のほうからアタックもするけれど、
最終的な行動を起こすのは男のほうだから、
「お前」は待ってろ、みたいな。う〜〜ん……。
ま、単なる友情の歌とも取れる歌詞の「君をのせて」と違って、
「気になるお前」「恋は邪魔もの」も、
はっきり「恋」って言ってますしね。
「恋」ってことになると、
まだまだ「いつか王子様が」的に
ぽわわ~んとなっている女の子が
普通と思われていたってことでしょうか。

しかも!
「恋は邪魔もの」の「僕」は、
まだ年上の「あなた」を引きずっているようです。
「僕は僕で 別な女(ひと)の
 切ない恋と 別れたばかり」
とか言っちゃって、それって「危険なふたり」
「年上の女(ひと)」ですよね。
ああ、別れたのか……ってなもんですが、
なかなかしつこいですね。
この「女(ひと)」は、実は次のシングル「追憶」でも
影がチラチラしています。
そのことは「追憶」のところで詳しく語りますが、
考えてみれば、
「年上のひと」に加えて、若い「お前」が出てきたことで、
これまでの、女ひとりに対して
「僕」と「あなた」の夫(たぶん)という男ふたりという構図が、
「僕」という男ひとりと女ふたりに変わってきているんですね。
これは、ソロジュリーの人気が確立されたことで、
いつまでも実らない恋に
「死んでもいい」とか言ってばかりいるのはイメージに合わない
ってことになった結果なんじゃないでしょうか。
ジュリーに恋焦がれているファンもたくさんいたでしょうし、
そんなファンにとってみれば、
ジュリーを好きだという女の子はいっぱいいるだろうに、
どうして他に目を向けないの?って気持ちにもなるでしょう。
というわけで、新しいお相手の「お前」が登場し、
「恋の夜に僕を迷わせるよ」ってなことになっていくわけですが、
一方でジュリー=「僕」は不実な男であってはいけません。
これまでの恋だって真剣だったんだから、
そうすぐには忘れられないんだーってなことで、
「顔を背け 今暫くは」なんて言ってるわけです。
ま、結局は「小さな手が燃え」ちゃうんですけどね。

この、以前の曲のイメージを引き継ぐのって、
わざとやってるんでしょうか。
ま、作詞はこのところずっと同じZUZUさんですからね、
ZUZUさんの中には、
ジュリーに関するひとつのストーリーがあって、
それに添って、さまざまな場面を切り取って、
歌詞にしていたってことはあると思いますが、
そういうことを企画会議みたいなところで、
カセさんや会社の人たちとも共有していたんでしょうか。
「ジュリーは年上の人にまだ思いを残しつつも、
 新しい恋に踏み出そうとしているんだよ」
「いや、まだ自分から恋に踏み出すのは早いんじゃ?」
「そしたら、恋の予感がしつつもまだ邪魔だって
 思ってるところなんかどうかなあ」
とかね。
大人の人たちがそんな会議をしているのを、
「そうなんや〜」って、
他人ごとのように、片隅でぼんやり聞いてるジュリーとか、
そんな感じだったら萌えますわね。ほほほ。

私は「恋は邪魔もの」を歌っているジュリーの姿を
リアルタイムで見た覚えはないんですが、曲は知っていました。
近年ジュリー堕ちしてから聴いて
「おお、懐かしい〜」ってなりましたからね。
で、この当時の「恋は邪魔もの」を歌っているジュリーを
ニコ動で見ることができるんですが、
(ニコ動で「ヘロス ジュリー」と検索。Googleで検索しても上位に出てきます。2014年11月現在)

なんじゃこれかわいい!

ちょっとふっくらしているせいか子供みたいな顔してるし。
そんな子供が「あ〜はあ〜ん」とかもう、
「やめなさい!」と大人の私が叫びそうになります。
(訳=もっとやれ)
っていうかですね、「恋は邪魔もの」リリースは1974年。
私、12歳。小学6年生ですよ。
そのころの私にとってのジュリーのイメージは、
こーんな子供じゃなく、もっと大人な男の人だったんだと思います。
歌ってる歌詞にも「酒」とか出てくるし、
もっと大人な女の人と大人なことをしているようだし、
そんな大人世界の男の人だったんですよ。
ま、12歳ですからね。
いくらかわいいったって、26歳はおじさん。
いいとこ、うんと年上のお兄さんですよ。
しかも当時の私は芸能関係にはまったく興味がなくて、
テレビといえばアニメ(それもロボットもの)ばかり見ていた
残念な子でしたからね。
そんなこともあって、ジュリーは遠い世界の人。
というか、自分とは違う世界の人であって、
ファンになるとかそういうことも考えられない存在だったんです。
今から思えば、もしかしたらぼんやりと見ていたかもしれない、
テレビに映るジュリーをもっとしっかり見ておけばよかったと
後悔しきりなんですけどね。ほんと、残念。
ああ、タイムマシンに乗って12歳の私の頭をはたきに行きたい。
んで、「目え、かっぴろげてしっかり見とけよ!」と言いたい。


てなところで「恋は邪魔もの」に関してはここまで。

ここから先は「裏」解釈ですー。





えーと、毎度毎度のショーケン☓ジュリー萌えで、
申し訳ないのですが、今回は歌詞の冒頭の
「昨日まで愛していた女に似ているよ」
のフレーズで、もうこの「僕」はショーケンに決定です。
なんでかって言ったら、
ショーケンが浮名を流した女性たちの顔って、
みんな似ているんですよ。
目が大きくて彫りが深い、ちょっと男っぽい美人。
そうです。
ジュリーもそんな美人さんですよねー。
ショーケンのお相手だったたくさんの女性たちの顔写真の中に、
ジュリーが紛れ込んでいても全然違和感ないと思います。
ほんと、こういう顔が好きなんですねって感じ。
というか、腐女子脳としては、
ショーケンはもともとジュリーのことが好きだから、
その後に付き合う女性がみんなジュリー似なんだと、
そんなふうに思えてなりません。

「どうしたん? ショーケン元気ないな。
 具合でも悪いんちゃう?」
俺の気持ちなんか、なにも知らないお前に優しくされて見つめる。
昨日まで愛していた女に似ているよ。
っていうか、お前に似ているから、
あの女のことも好きになったんだ。
わかってる。
出会った10代のころから変わらないような、
幼さがどこか残るお前の白い肌の側にこれ以上いると、
気持ちが動きそうだ。
恋は邪魔さ。
お前へのこの恋心を認めてしまったら、
今まで育ててきたふたりの友情が壊れてしまう。
そんな気がするから、俺は顔を背けて、
無理矢理、別れた女のことを考えているふりをする。
いつもよりもハイペースでグラスを空ける俺を
心配そうに見るお前の視線を避けてひとりで飲む夜は、
一緒にいるのに寂しくてしょうがない。
「ショーケンはほんと恋多き男やもんな。
 またすぐに新しい彼女ができるやろ」
そんなふうに心に割り込んでくるお前への
恋に迷いそうになる俺。
別な女なんかより本当はお前が…、
そんな言葉が口から出そうになって、
また顔を背けてしまう。
どうしたらいいんだ。
「もう、酔っ払ってしょうがないなー。
 今日はうちに泊まっていくか?」
酔いつぶれたふりをした俺の腕を掴むお前の手が、
燃えるように熱い。
いや、熱いのは俺の身体のほうか。
お前が触れたところから熱が流れ込んできて、
もう、どうしようもない。


なーんてね。
この曲はやっぱちょっとエロいですよなあ。


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コメント
この記事へのコメント
愛読しています!
昭和女性史、3連休に読もう♪と楽しみにしていたのに、あっという間に読んでしまった…orz  面白ーい!楽しーい!
深読みすればするほど迷宮にはまりますね。
私もジュリーは「ハンサム(死語)なお兄さん」という認識でした。今見ると、色気だだ漏れで驚きます。小学生が見るもんじゃないような…
小学生が見るもんじゃない、と言えば「風と木の詩」…いつものように少女コミックの頁を開いたら、いきなり肌色で硬直しましたっけ(遠い目)。
子どもながらに、母には刺激が強かろうと、机の引き出しに隠しました。
後年、フレディマーキュリーがインドの寄宿舎出身と知り、ギムナジウムじゃ仕方ないか、と妙に納得したものでした。
今回は懐かしい話題が多く興味深かったです。ありがとうございました。
2014/11/02(Sun) 21:57 | URL  | なっかま! #sOtd2.Ms[ 編集]
なっかま! さま、ありがとうございます!
ぐだぐだの長文を読んでくださり、ありがとうございます。
本当にジュリーの歌はいくらでも深読みできてしまい、キリがありません。
ですので、毎回毎回無駄に長文になってしまい、すみません。

小学生にあの色気は毒だから、感知しないように自動的になにかのフィルターがかかっていたんじゃないでしょうか。しょうがないこととはいえ、なぜ気付けなかったのかと、返す返すも残念です。

「風と木の詩」、お母様には刺激が強いからと気を遣う小学生……爆笑いたしました。
「寄宿舎」や「ギムナジウム」っていうのは、かつての少女漫画読みには特別ななにかですよねえ。
フレディも寄宿舎出身なんですね。じゃあ仕方ないですね(笑)。
ジュリーの歌と70年代少女漫画はどこかで繋がっていて、ジュリーのファンではなかった私も、少女漫画は読んでましたので、そこからあれこれと広げていけるのが楽しいです。

「昭和女性史」はゆるゆると続けていこうと思っています。
またお暇ななときにおいでくださいませ。
2014/11/02(Sun) 22:40 | URL  | ゆう(管理人) #-[ 編集]
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