ジュリーのシングル曲をネタにして、
昭和の女性が負わされていた女性像を考えてみよう


という無謀なことをやっております。
どこまで続くかわかりませんが、
途切れ途切れにでもやっていこうかと思います。

カテゴリは【ジュリーの曲で考える昭和女性幻想】
できれば、最初から順番に読んでいただけると嬉しいです。




「君をのせて」から「コバルトの季節の中で」までの
17曲の解説を載せた
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前回のエントリで、
阿久悠氏の歌詞に描かれる男と、
その男が夢想する女性像について、
長々と毒づいた私ですが、
その第一曲目の「さよならをいう気もない」
いきなりの変化球で、どーしましょう……。
このときのジュリーの衣装、
言わずと知れた「金キャミ」も相当な変化球なんですが、
それについてはあとに語るとして、まずは歌詞です。

この曲は、ジュリーのシングル曲の中で唯一の女歌。
女の一人称の歌詞なんですよ。

演歌にはよくありますよね。
タキシードに蝶ネクタイのおっさんが、
一人称「わたし」で「あなた」への愛を
ねっとりと歌い上げる、みたいな。
「女のみち」とか「なみだの操」とか
「よせばいいのに」とかとか……。
だいたいにおいて女の愛は男には届かず、
女は「私が馬鹿だったのね…」なんつって嘆きつつ、
ひとり日本海方面に旅立つとか、
もしくは
「日陰の女だけどあなたに付いていきたいのよ〜」とか。
そんなひどい男の歌をチョビ髭のおっさんが歌うって、
一体どういう文化なんでしょうか。
そして、70年代には
それがどれもこれも大ヒットしたんですよ。

なんで?

結論から言ってしまうとそれは、
世の中のおっさんたちがこういう歌を喜んで聴いていたから、
じゃないでしょうか。
演歌やムード歌謡に出てくる
耐える女、健気な女というのは、
どうもカタギの奥様ではないイメージです。
たぶん水商売方面の人。
そして、相手の男とは婚姻関係ではなく、愛人関係。
実際にそういう関係の男女が
どのぐらいいたのかはわかりませんが、
当時のおっさんたちにとっては、
「お妾さんを囲う」ってのは、
「男の甲斐性」なんつって、
ある種のステータスでもありました。
お妾さんを囲うまではいかなくても、
女遊びをしない男は一人前じゃない、とか言われたり。
そんな時代ですよ。

相手の女性たちにしてみれば、
若くてきれいなうちにお金持ちの旦那を捕まえて
「お妾さん」(愛人)に収まることができれば
生活は安定しますし、
資金を出してもらって自分のお店を持てたりすれば
将来的にもまあまあ安心。
女性がひとりで生きていくことが難しかった
70年代以前の、特に水商売の女性にとっては、
それもひとつの道、生きる方法だったんですよね。
そういう意味では、
ウインウインつうか、
需要と供給のバランスが取れてるっつうか、
そんな関係ではあるのかなと思われます。

しかし、そこに「愛情」というものを
持ち込みたくなるのが、男女の仲。
というか、男の夢?
女性は自分の生活のため、将来のためと
割り切っていた人が多かったんじゃないかと思いますが、
男性のほうは、金で買った「お妾さん」であるとはいえ、
あわよくばそこに愛情も存在していてほしい。
夢であるからこそ、
もし自分が愛人を持つことができたら、
金ではなく自分自身を愛してほしい。
さらに、自分は家庭を壊すわけにはいかないから、
愛人以上の立場は望まないでほしい。
んでもって、
自分の気持ちが冷めたり、
面倒を見続けることができない事情が持ち上がったら、
それとなく察して姿を消してほしい。
もちろん自分のことを愛したままで。

そんな超絶都合のいい男の願望に応えるべく
量産されたのが、
蝶ネクタイのおっさんがねっとり歌う、
女の一人称の演歌やムード歌謡の
数々だったんではないでしょうか。
女性の演歌歌手も同じような内容の歌を歌っていて、
それはそれで需要があったんでしょうが、
そういう(夢の)女の気持ちを
おっさんが歌うことによって、
おっさん同士が「わかるわかる〜」という
ホモソーシャルな共感が
そこには生まれていたような気がします。

キモチワルイですね。

しかしまー、そういうわけで、
おっさんたちは健気で薄幸そうな女が出てくる歌に喜び、
そしてそれを歌う演歌歌手を応援しました。
そこそこお金を持ったおっさんが
どうやって芸能人を応援するかといえば、やっぱ金。
後援会やプロモーションのためのお金を出してやって、
その見返りに自分の個人的なパーティで歌わせるとか。
それをステータスにするためには、
その歌手が有名であることが必要でしたから、
そのためにますますお金を使う……
という、悪循環ならぬ好循環?
そこまではっきりとパトロンにならなくとも、
大人が聴く音楽はロックやポップスではなく、演歌!
と思われていて
(ジュリーもある程度の年になったら演歌を歌わないと、
 と言われていたとか…)
ある年齢以上の人たちは
ほぼみんな演歌を聴くのがあたりまえ
という時代でもありました。
ベストテンや夜のヒットスタジオなどの歌番組にも
必ず演歌歌手が何人か出ていましたし、
NHKの紅白歌合戦のトリは演歌と決まっていましたよね。
その決まりを覆して、
ポップスで初めての紅白大トリを務めたのが、
ジュリーなんですよ!
(は〜、やっとジュリーにつながった)

ジュリーが紅白の大トリで
「LOVE(抱きしめたい)」を歌ったのは1978年。
「さよならをいう気もない」は1977年2月のリリースですから、
このたったの2年弱の間に、
演歌だけではなくポップスも売れる、
一等賞になることができるというふうに、
ジュリーは歌謡界の流れを変えたんですね。

とはいえ、77年初めの時点でのジュリーは、
前年に起こした暴行事件のせいで
ちょいとマイナスの位置にいました。
少なくともジュリー自身はそう思っていたんでしょう。
今から思えば
「そんな大したことじゃないでしょ」
という感じでもありますが、
当時は大騒ぎだったようですし、
いまだにネタにして言うぐらい
(こないだのお正月ライブの
 MCでも言ってましたね)
本人にとっては大きなできごとだったんだと思います。
そんな状況下で、
レコードの発売元である会社のほうからは、
もっと枚数を売らないといけないから
それには歌謡曲の詞がいいと言われ、
そのための阿久悠氏の起用だったと、
2008年のラジオで
ジュリーが当時のことを語っていました。

余談ですが、そのときに、
「ということは、阿久悠さんは
 歌謡曲の詞なのか?と思った」
とジュリーは言っていたんですけど、
歌謡曲じゃなかったら、
じゃあなんだと思ってたんでしょうか?
ジュリーには、ちょいちょいこういう、
「そこんとこクワシク!」
と叫びたくなるような発言があるんですが、
こういうことをきちんとインタビューして
まとめようという媒体はないんでしょうか。
ジュリーの生い立ちや芸歴よりも、
ジュリーが芸能生活50年の間に見聞きし体験してきた、
当時の芸能界、歌謡界の
歴史っていうか雰囲気っていうかね、
そういうのが知りたいんですよ。
今とは違う慣習やその時代だったからこその
いいことや悪いことや、
それらが50年の間にどう変化してきたか…。
ずーっとその中で活動してきて、
ものすごく売れたスーパースターな時代も
売れない時代も経験し、
さまざまなミュージシャンやスタッフとも
関わってきたジュリーの話なら、
絶対におもしろいと思うんですが、
どうですかね? 誰か!

それはともかく、
じゃあそれまでのジュリーの曲は
歌謡曲じゃなかったのか?
という疑問が生まれますが、
当時の歌謡界で一番に売れていたのが、
上記で語ったような演歌だったとすれば、
ひたすら女の子たちをぽわわ~んとさせるような
甘々な歌詞よりも、
もっと大人な男女のドロドロを描いた
演歌っぽい内容のほうが歌謡曲的とされ、
そして、当時はそのほうが売れると
思われていたのかもしれません。
少女漫画の世界から
青年漫画の世界へって感じでしょうか。
そういえば、
「時の過ぎゆくままに」が挿入歌として使われた
ドラマ「悪魔のようなあいつ」の原作漫画は、
上村一夫さんという、
主に青年コミック誌で描いていた漫画家さんの作ですよね。

なので、
ジュリーのために書かれた阿久悠氏の歌詞の中の女も、
それまでのように
親や世間に阻まれて
愛し合っている男の元にとどまることができずに悩む、
というのではなく、
その相手の男の態度や愛情の有無によって
悩まされています。
それまでが「世間vsふたり」だったとすれば、
「男vs女」ってことですね。

「さよならをいう気もない」には、
男の側の言動も気持ちも一切描かれていないので、
どういう状況なのかはわかりませんが、
「悲しい手さぐり」「孤独に気がついて」
と言っているということは、
どうも相手の男とは心が通じ合わなくなってしまい、
「私たちの間ももう終わりなのね…」と、
語り手の「私」は悲しんでいるっぽいです。
「この場所へはとまれない いたくない」
とも言ってますから、
「私」は男の元から立ち去ろうとしているところですよね。
全体的な内容としては、
演歌のひとり旅立つ女と同じ感じです。
男の心変わりを察して、そっと姿を消す女。
男ってのは本当に、
自分のことを愛したままで、
悲しみつつ立ち去る女ってのが好きなんですね(ちっ!

とはいえ、
この歌詞には
「私は私はあなたから旅立ちます」も
「さよならあなた 私は帰ります」もなく、
暗喩、比喩などのレトリックを使いまくって
そういう雰囲気を醸し出していて、
そのために、おっさん演歌の
ねっとり成分は最小限に抑えられています。
そこは天下の阿久悠氏。
本当にうまいなあと思いますし、さすがでございます!
とひれ伏すしかありません。

まず、いきなりの「ハイヒール」。
これで、この歌の語り手は女ですよ、
ということを示しています。
ジュリーはこれまでのシングル曲で
女性の一人称の曲は歌ったことがありませんし、
世間一般には、ジュリーは女性に対する男性、
それも女性をとことん愛しぬく男、
というイメージが強かったんじゃないかと思います。
ザ・タイガースの時代から
ずっとそんな歌ばっかり歌ってますしね。
そんなジュリーがあえて女歌を歌うんですよ、
ということを歌詞の最初でババン!と宣言し、
「あら、今回は女の一人称なのね」
と聴き手にわからせて、
まずはツカミはオッケーというわけですね。
ジュリーに歌謡曲的な歌詞をと言われて
(かどうかはわかりませんが)
いきなりの女歌とは、
阿久悠氏、冒険ですよねえ……。

そんでもって、
その女のハイヒールは「かかとが折れて歩けない」。
ツーコーラス目の
「ハイヒールを両手に下げて歩き出す」
と考え合わせると、
この「ハイヒール」は、
「私」の幸せな恋愛関係の象徴なんじゃないでしょうか。
かかとは両方が同時に折れることは
まずありませんから、
おそらく片方だけが折れたんでしょう。
そこに、男女の気持ちに差ができてしまった
ということを暗示し、
そのために「この先へは進めない」
と言っているわけです。
そんなふうになってしまった「私」は
「ついてない 運がない」。
ということは、
「私」のほうがなにかしたことで
男とうまくいかなくなったのではなく、
おそらくは男の側の
なんらかの事情か心変わりによって、
関係が続けられなくなってしまったんですね。
自分ではどうしようもないことなんだということを
「ついてない 運がない」
という言い方で表しているんだと思います。

で、ツーコーラス目の
「両手に下げて」ということは、
その壊れた関係を持ったまま、
まさに男を愛したままで、でも
「この場所へはとまれない いたくない」と
「歩き出す」わけです。
なんで「この場所へはとまれない」かといえば、
「私」は「歌えない 踊れない」から。
要するに、男をつなぎとめ、
またこちらへ心を向けさせるような、
魅力も条件も「私」にはないんです。
どうしようもない。
そして、ワンコーラス目では
「ベソをかく」と泣いていたのが、
「おかしくて」と自嘲ぎみに笑っているようです。
男にしてみれば、
いつまでも泣いていられるよりは、
自嘲だろうがなんだろうが、
笑って去っていってくれたほうが、
心の負担は軽くすむってもんじゃないですか。
そしてサビの部分の「いつも」「みんな」。
世間の男と女はこんなもんだよね、と
いきなり一般論になり、
「俺悪くないもーん」
「男と女のことなんだからしょうがないじゃーん」
という、男の言い訳が
行間から滲み出ている気がするのは
考えすぎでしょうか。
まー、この歌詞解釈自体が
すでに考えすぎな感じなので、
今さらですがね。

そんでもって、タイトルでもある
「さよならをいう気もない」ですが、
これは「さよならを言わない=別れない」ではなく、
「自分から別れを告げることはできない
 →でも姿は消すわ」
という意味ですよね。
おそらく男のほうからも
はっきり別れを告げられているのではないのでしょう。
でも、「心のやすらぎ」を「求め合う」のは
「悲しい手さぐりで」だし、
心が通じてない「孤独に気がついて」しまったからには、
もう「不幸を忘れて」=知らん顔して
関係を続けていくことはできないと、
「私」は判断したんでしょう。
そんな男、別れろ別れろすぐ別れろ〜!
ってなもんですが、
ま〜、どんな形であったにせよ、
一度は恋愛関係にあった相手と
自分から別れようと決意するのは、
なかなかつらいものがありますもんね。
人間、現状維持が一番ラクですから。

で、ですね、
この「さよならをいう気もない」の直前の、
「季節を見送る詩人のように」という、
こそばゆくもかっちょいいフレーズですが、
私はずっと
「さよならをいう気もない」までに
かかっているんだと思っていたんですよ。
言葉を操ることに長けている詩人は、
悲し過ぎるときには
「さよなら」なんて
ありきたりなことを言ったりはしないものだから、
「私」も同じように
「さよならをいう気もない」んだよ、
ということなのかなと。
しかし、そう考えると、
「詩人」が「季節を見送る」ことと
「私」が男と別れなければいけない悲しさが同じ、
ということになってしまって、
え? そんなもん? ってなってしまいます。
まー、
男と別れるなんて季節が変わる程度のことなのよ〜、
という自嘲とすることもできますが、
ここはやっぱり、
「詩人のように」が修飾しているのは
「さよならをいう」までとするのが
正しいのではないかなと思い直しました。
詩人は移り変わる季節にも、
人間に言うように
「さよなら」と言葉をかけて見送るけれど、
「私」は「悲し過ぎて」それもできない。
だって、季節はまた巡ってくるけれども、
「私」を愛してくれたあの人は
もう帰ってはこないから……
としたほうが、悲しさ倍増じゃないですか。

と、こんなふうに、
「さよならをいう気もない」は、
さまざまな言葉たちから連想される
イメージを繋ぎ合わせていくことによって、
恋人と別れようとしている女の状況を、
「さよならをいう気もない」という
真逆の意味のフレーズで表現した歌詞と言えます。
その言葉の積み上げ方は、さすが阿久悠氏。
お見事としか言えません。


…と、超長くなっちまったので、
ここで一旦切ります。
「金キャミ」については後半で。

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コメント
この記事へのコメント
お疲れ様です。待ってました!

阿久悠さんの歌詞とジュリーとの関係の解釈は難しそうですね。私も昨年随分ジュリーのこれまでの活動について色々見たりしたんですが、謹慎明けの影響か、ジュリーって阿久悠になってからすごく変わったんですね。

「さよならを言う気もない」の1977年というのは、フォークとかニューミュージックが一段落した(売れなくなってきた)ころを反映していたんじゃないかなと思っていまして、ジュリーもコバルトがパッとしなかったので、時過ぎもヒットしたことだし“歌謡曲・阿久悠”という選択になったんじゃないかなぁと考えたりしています。おっしゃるようにウェットな女性を主にした歌が世の中(のおっさんに)受けていたことだし。

それから何となく「さよならを言う気もない」の歌詞は、これの1つ前の阿久悠の「立ち止まるな振り向くな」の影響もあるんじゃないかなぁと思ったりします。何かどこか似ているような気がして。

70年代って、GSからフォーク、ニューミュージック、演歌、アイドルと、芸能界激変の時代だったと思うんですけど、その中でジュリーは、よく10年もトップスターでいられたなぁと改めて感心しています。

長文お疲れ様です。詩の解釈が独特で面白くて、ジュリーの歌を二度楽しませてもらっている感じです。
2017/01/22(Sun) 23:19 | URL  | mami.y #-[ 編集]
mami.yさま、ありがとうございます。
「さよならをいう気もない」の歌詞は、深読みするといろいろおもしろいなあと思いつつ書いていたら長くなってしまいました。
こんなダラダラと長いのを読んでくださり、ありがとうございます。

私もこれは「立ちどまるなふりむくな」の女性の視点からの歌詞なのかなあとも思いました。「立ちどまるなふりむくな」と言われてコートの襟を立てて走って行った女だけど、途中でハイヒールのかかとが折れて歩けなくなってしまい、でも、すでに見送られてしまった自分は男の元に帰ることもできない……とかね。
そして、その女がふらふら行くのをバーボンのボトル抱いて見送る男が、今度は「勝手にしやがれ」なのかなあと思われるので、この辺の一連の曲は、なんとなくつながっているというか、同じようなイメージで作ったんじゃないでしょうか。

どっちにしろ、ソロ初期のZUZUさん(安井かずみさん)が中心になって作詞していたものとは全然違う世界ですよね。こっちのほうがヒットしたということは、やっぱり世間的には彼女に身も心も捧げる男よりも、煮え切らない態度で女を悲しませる男のほうが当時は世間に受け入れられたということかなあと、なんだか複雑な気持ちになります。

そのあたりのことも含めて、次はいよいよ「勝手にしやがれ」です。この超有名曲をどう書こうかと悩み中です。気長にお待ちくださいませ。
2017/01/23(Mon) 10:02 | URL  | ゆう(管理人) #-[ 編集]
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