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ジュリーのシングル曲をネタにして、
昭和の女性が負わされていた女性像を考えてみよう


という無謀なことをやっております。
どこまで続くかわかりませんが、
途切れ途切れにでもやっていこうかと思います。

カテゴリは【ジュリーの曲で考える昭和女性幻想】
できれば、最初から順番に読んでいただけると嬉しいです。




「君をのせて」から「コバルトの季節の中で」までの
17曲の解説を載せた
「ジュリーのシングル曲でたどる昭和女のイバラ道1971~1976」は、
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英語曲なので、サクッとやりますよ。サクッと。
だいたいこの曲のことは、シングル曲ベストアルバム「A面コレクション」を聴くまで全然まったく知らなかったですしね。この曲って、日本のテレビで歌ったことはあるんでしょうか? YouTubeとかでも見たことない気がします。

これは、1977年7月30日に当時の西ドイツで先行リリースされ、その後8月1日に日本でも発売されたものだそうですが、これのほんの1ヶ月後の9月5日には「憎みきれないろくでなし」がリリースされているんですよ。売る気が全然見えません。せっかく録音したんだから「勝手にしやがれ」で勢いに乗ってる今なら英語曲も売れるんじゃないかって目論見で出した、とか? でも、それならレコード大賞を受賞したあとに「あのレコ大受賞のジュリーはドイツでも人気!」とかで売り出したほうがよかったんじゃ?
それとも、もしかして西ドイツで発売するにあたっての契約上のなにか(日本でもリリースすることとか?)があったりしたんでしょうか。
どっちにしろ、とても中途半端な時期ににひっそりと発売された曲ですよね。

でも、ジュリーがフランスやイギリスでレコーディングしてデビューしてたっていうのは(ファンになってからですが)知ってましたが、ドイツでも?ってなって、ウィキペディア先生に尋ねてみたら、フランス、イギリス、ドイツの他にも、スイス、カナダ、オーストリア、ギリシャ、ノルウェー、ベルギー、オランダ……などなどでもレコードを発売してて、ジュリーったらグローバルだぜ。
これは、あれかな? 一箇所と契約するとヨーロッパ各国で自動的に発売されるとか、そういう仕組みがあったとか? それともナベプロの力? なんにしてもすごいです。
フランス以外では全然売れなかったみたいなことをジュリーも言ってましたが、でも、全然って言っても1枚も売れなかったなんてことはないと思うので、約40年前のヨーロッパのどこかでジュリーの歌声を聴いていた女の子がいて、私が今、40年前のジュリーの曲を聴いて「うおう! 懐かしー」と、当時のテレビの中のジュリーの姿とともに当時のことをあれこれ思い出してるみたいに、遠い国でもジュリーが大事な思い出の一部になってる人がいるのかもと思うと、不思議な気がします。もしかして、レコードもまだ持っていたりしてね。
国境を越えたジュリーファンの集いとかやってみたいものですなー。
あ、facebookでは、フランス人の方が作ったジュリーページがあって、グローバルな交流がされてるようなんですが、フ、フランス語……(うぐぐ

さて、この歌詞ですが、1977年の日本では阿久悠氏によって青年漫画かフランス映画かっていう大人世界に行ってしまったジュリーですが、ここではまだ少女漫画しているようです。
「Starlight」「tenderly」「Perfume」「Promising love eternally」「Teardrops」「flowers」などなどなど、キラキラした単語のオンパレード。しかも、これらはすべて「Memories」=思い出なんですよ。それも「Lost」=失われてしまった思い出です。
「you’d gone」だし「we said goodbye」だし。
んでもって、「Bring back my memories」「Love that can never be Lived again …」と、「僕の思い出を戻してよ」「僕の思い出はどこにあるの?」「もう蘇らない愛…」とかなんとか、この曲の主人公は思い出に縋りつつ、ぐだぐだとじゃなかった切々と嘆き続けています。
ヨーロッパでのジュリーは、1977年でもまだ「追憶」当時のイメージのようです。
恋人を失ってしまった悲劇の王子様。
ヨーロッパではそういうキャラで売っていたということでしょうか?

日本人は若く見られるらしいですし、ジュリーのあの容姿から、ターゲットは十代の少女たちってことで(フランスだったかの当時の少女向け雑誌に載ってるジュリーのレコードの広告を見たことがあります)、こんなキラキラな歌詞になったのかなあと思うんですが、てことは、和洋問わず当時の少女向けってのは、「お星様」「お花」「涙」が定番で、ヨーロッパの少女たちもそんなものたちを見たり読んだりして、ぽわわ~んてなってたんでしょうか。
70年代日本の少女たちには、ヨーロッパあたりの(実はどこのことなのかよくわかっていなかったりしたんだけど)外国には、お星様や大量のバラの花がキラキラしている日常があって、そこにはジュリーみたいな顔した金髪の王子様がいて……っていう憧れがあったわけですよ。
それが、その憧れの地であるはずのヨーロッパの女の子たちも同じように、お星様やお花が舞い散る世界に憧れていたのかもしれないと思うとおもしろいですね。
乙女の妄想は万国共通?
ほんと、ヨーロッパ方面にまだいらっしゃると思われる(かつての)ジュリーファンの方々といろいろ語り合いたいものです。

ところで、この英語詞は中学生レベルでも難なくヒアリングできるぐらいの単語と文法でできていて、英語難民の私でも曲を聴いてるだけで意味が取れるありがたさなんですが、念のためと思って(自分の英語力をとことん信じてないのでね…)要所要所をグーグル先生に翻訳してもらったところ、「Bring back my memories」は「私の記憶を取り戻す」、「Where are my memories」は「私の記憶はどこにあるの?」と訳してくれちゃいまして(笑)、いきなり70年代少女漫画の定番「記憶喪失」ストーリーに!

事故か病気で、これまでの記憶をなくしてしまった主人公・ジュリー。実は困難な恋の相手であるヒロインとやっとのことで想いが通じ合ったところだったというのに、そのことも思い出せずにいる。
星の光をまとったようにキラキラ光る髪、優しいキスや漂う香り、柔らかな声で誓った永遠の愛……、そんなイメージばかりが心に浮かんでは消えてゆく。でも、その相手のことはどうしても思い出すことができない。ああ……、失われた僕の記憶はどこ? 僕の記憶をもとに戻して。
てなところで、実は本当の恋人ではなかったお金持ちのお嬢様(前からジュリーのことが好きだった)登場。
「あなたは私と将来を誓った仲だったのよ。私のことも忘れてしまったの? でも、私のところに帰ってきてくれたのだから、これから新しい思い出をふたりで作っていけばいいわ」
とかなんとか言っちゃって、意外と献身的に看病するお嬢様。でも、本来の恋人に偶然会ってしまうジュリー。なんだろう? この子にはとても懐かしいものを感じる。色あせてゆく君の手の中の花束、波にさらわれていく砂の上の足跡……、この思い出はなんだ? うう……、頭が、頭が痛い! なにかを思い出しそうなのに思い出せない!!
「私のことを思い出して私と一緒にいるよりも、あのお嬢様とのほうがジュリーは幸せになれるわ。私のことは忘れたままで、幸せになって」
なんちゃって身を引く恋人……。

なーんてね。まー、お約束としては、なにか事件が起こってお嬢様の嘘がばれ、同時にジュリーの記憶も戻って元サヤに、ってハッピーエンドですかね。シリアスものならお嬢様は死んじゃうとか。
当時の少女漫画って、なんであんなに記憶喪失とか精神を病むとかが多かったんでしょうか。お話をドラマチックに盛り上げるためのアイテムとして結構安直にそんなエピソードが出てきたような気がします。

と、誤訳(なのか?)からそんな妄想が膨らむほどこの歌詞は少女漫画チックですが、こんな内容から「昭和の女性像」とか考察は無理。相手の「you」はその少女漫画的キラキラワードを並べるためにとりあえず設定された恋人でしかありませんしね。
まー、東西の別なく、当時の少女たちは、星や花や涙や砂浜とかとかのキラキラしたアイテムに弱く、自分を永遠に愛し続けてくれる王子様との恋に憧れているものだと「思われていた」ということでしょうか。「外国」というものに、女であってももっと自由に生きられる理想の世界を夢見ていた日本の少女だった私にはちょっと残念な話ではありますが、普通に考えれば、「外国」であっても、当時の日本と同じような女の生き方を縛る男たちによる女性幻想があったのでしょうし、もしかしたら日本よりももっと大時代的な男尊女卑な文化もあったのかもしれません。

日本では「中性的」と言われていた容姿のジュリーは、そのために、男側から一方的に押し付けられる女性幻想が含まれる歌を歌っていても、どことなく女の側に寄り添っていてくれるというイメージがあったんじゃないかと思いますが、ヨーロッパではどんなふうに見られていたんでしょうか。
そのへんも当時のヨーロッパでのジュリーを知っている海外ジュリーファンに聞いてみたいところです。


てなところで、今回の曲はおしまいとさせていただきます。今回は予定どおりサクッといきましたね。

ジュリーのソロデビュー曲「君をのせて」から1985年の「灰とダイヤモンド」までを収録したベストアルバム、「A面コレクション」はこちらからどーぞー



で、裏解釈ですが……今回は難しいのよー。


少女漫画の記憶喪失ネタといえば、ドラマ「悪魔のようなあいつ」の良ちゃんも記憶喪失になってましたね。
あれは少女漫画だったのか!?

そうかも。

阿久悠作詞の「さよならをいう気もない」から始まるジュリー青年漫画化計画ですが、「悪魔のようなあいつ」を作った久世光彦塾長は腐女子血中濃度が高い人だったと思われるので、青年漫画よりは少女漫画の世界のほうがお好みだったのではないでしょうか。
三億円強奪、コールボーイ、(ほぼ)強姦、殺人……と、ヤッてることは青年漫画の良ちゃんですが、実は塾長はZUZUさんの歌詞の世界のような少女漫画的なものを作っているつもりだったのかも??
腐女子文化は70年代の少女漫画から発展したとも考えられますから、ジュリーに「萌え」ていた塾長なら、その可能性は高いと思われます。
女に対して甘ったれた上から目線で「勝手にしやがれ」なんつって、男の強がりとか痩せ我慢とかを歌うジュリーよりも、お星様やお花やいい匂いが溢れる世界で、真面目に一途に恋をしている少女漫画ジュリーのほうが好きだったのは間違いないでしょう。
美しく、一途で真面目で、誰からも愛される存在。そんなジュリーが塾長は大好きだったはずですしね。

てなわけで、今回のお相手は塾長です。

星の光を纏ったように輝く髪
僕に優しくくちづけた柔らかい唇(本当はレコ大受賞後のステージソデで塾長が強引にブチューしたらしいです。実話)
君が去ったあとにはいい匂いが漂っていた
僕の耳に優しく囁く君の声
「また一緒に仕事しましょうね」というのは、僕を認めてくれた永遠の愛の言葉と思ってもいいよね
だって、あのドラマが終わってしまって、さよならを言わなければいけなかったときには、君の美しいその目には涙の雫が光っていたじゃないか

一緒にひとつの世界を作り上げた僕たちの思い出
あの思い出をもう一度取り戻したい
あの輝かしい過去をもう一度
ドラマの主題歌「時の過ぎゆくままに」は大ヒットしたけれど、あれはもう3年も前のこと
移り変わりの激しい歌謡曲の世界だから、今ではすっかり過去の曲になってしまっている
君も今は阿久悠の作る新しい歌詞の世界を表現するのに一生懸命で、「時過ぎ」を歌うことは少なくなってしまったね
もう歌われなくなった歌のように僕らのあの思い出も、どこにあるのかわからなくなっている

レコ大で君の両手に溢れていた花束もいずれは色褪せる
「悪魔のようなあいつ」では海辺にロケにも行ったよね
あの砂浜に残した僕らの足跡も波にさらわれて消えてしまった
でも、一緒に仕事をしたあのドラマはは永遠に残るはず
あの楽しかったドラマ制作の思い出をもう一度一緒に取り戻そうよ

ふたりで作り上げたあの「愛」がもう蘇らないなんて……
そんなことはないよね……ないよね…
もう一度……もう一度、お願いいいいい!!



最後のフレーズは「Love that can never be Lived again」で、文章の意味としては「もう二度と蘇ることのない愛」なんですが、「again〜〜」と(フェードアウトしつつも)ジュリーが歌い上げてるせいで、「もう一度〜〜!」と消えそうな思い出を必死で追いかけているようにも聴こえませんかね?

という、塾長からのジュリーラブコールにしてみました。まあ、「知ってたよ」って感じしかしませんが(笑)。

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