3月中はほぼ引きこもってぼちぼち仕事をしてるうちに過ぎてしまい、一段落してぼんやりしてたらもう4月ですよ。

【ジュリーの曲で考える昭和女性幻想】 の続きも書かないとなーと思いながら書けないままに、ここんとこは「HiGH&LOW」のTV版をHuluでイッキ見したり、映画をAmazonビデオで観たり、とうらぶ文アルやりながら本読んだりしてる毎日です。
だーらだーら……
しかしまー、ギリギリとはいえなんとか暮らしていけるぐらいのお仕事はあるし、私がブログに書き散らしてるようなジュリー論なんて誰が読みたいかもわからない自己満足でしかないし、お金にもならないし、書かなくてもいいかなーと最近は思っちゃって。
なので、【ジュリーの曲で考える昭和女性幻想】 はちょっと休載ということにしようかなと思っております。
気が向いたらまた書くかもしれないけど、もう書かないかもしれない。
ジュリーのことは、今のところ、ライブに行ったりCD聴いたりして楽しむだけでいいやって気持ちなんですよ。今年の古希ツアーで、なんか萌え〜!ってなることをやってくれたら再開するかもしれませんけどね。

ほかにもいろいろと、これまで悪あがき的に手を出したいろんなネット上の活動を少しずつ整理していこうかなと思っています。今まで手を広げすぎてちょっとわけわかんなくなってるし、もう少しシンプルにやっていきたいなーと。
まーでも、このブログは生存確認としてもほそぼそとでも続けていこうとは思っていますし、twitterもやってますので、ジュリー仲間、腐女子仲間、ネットで知り合えた方々も、できれば今までどおり仲良くしていただけたらうれしいです。


5月6日には春の文学フリマがあるので、4月はそれの準備します。新刊ほか、詳しいことはこちらのブログで告知しますのでよろしくです。


前回なかなか更新できない言い訳をぐだぐだとさせていただいた【ジュリーの曲で考える昭和女性幻想】の続きじゃなくて申し訳ないんですが、ここんとこずっと考えてた2.5次元のことについて……、っていうか、「ミュージカル『刀剣乱舞』」について書いておこうかと思います。
ここ数ヶ月、長い文章を書いてなかったのでね、ちょっとリハビリというか、そんなことも兼ねて。

……はい、長いです(笑)。


「ミュージカル『刀剣乱舞』」=「刀ミュ」での私の推しキャラ&推しメンは、岩融(佐伯大地くん)なんですが、3月から始まる新作に岩融は出ません。なので、今回は観なくてもいいかな〜と、チケットを取るつもりはなかったんですが、一般発売の日にローチケに試しにアクセスしたらつながっちゃったんで、つい買ってしまいました。
2.5次元は、それほどあれもこれもという気にはならないのに、なぜか「刀ミュ」は別腹。
もともと原作のゲーム「刀剣乱舞」が好きってのもあるし、最初に観た2.5次元のステージが「刀ミュ」だったってのもあるんですが(インプリンティングか)、いろいろ考えてみると、前にも書いた「刀ミュ」の多層構造が私は好きなんだなーって思ったんですよ。

いろんな見方、いろんな妄想ができる。そこがいいんです。

原作の「刀剣乱舞」は、刀剣男士という人間の姿となって2205年に顕現した日本の刀剣たちが、さまざまな時代にタイムトラベルして時間遡行軍という敵と戦うお話(というか設定ですね)なわけですが、ゲームの中で、その刀剣男士たちは動かないイラストでしかありません。ひとつのキャラにつきそれぞれ5枚ずつ(通常時、戦闘時、負傷時、真剣必殺時、内番時)だけ。それに、これもまた場面やイベントごとに1〜3ずつしかないボイスを加えたもの、これだけが、原作のキャラを表すすべてなんですよ。
我々「審神者」=プレイヤーは、そこに刀剣の来歴や元の持ち主の史実や歴史やなんやらかんやら、盛れるものは盛りつくし、または妄想できるところは妄想しつくして、自分の推しキャラを脳内で動かししゃべらせ、戦わせているわけです。
ゲーム全体を通した明確なストーリーがないので、我々プレイヤーは、自分の中で自分だけのストーリーを好きなように妄想しながらゲームをやることになります。「刀剣乱舞」には審神者の数だけ違った本丸がある、と言われる所以ですね。妄想する余地が大きく残してあるということです。
「刀剣乱舞」が、「刀ミュ」「舞台『刀剣乱舞』」=「刀ステ」「アニメ『刀剣乱舞花丸』」「アニメ活劇刀剣乱舞」と、メディアミックス展開をして、そのどれもがヒットしているのは、そのせいもあると思います。妄想の余地があることで、どんな世界観でも受け入れることが、他の漫画原作などのものよりも容易ということがあるんじゃないでしょうか。(そのへんは個人差もあるでしょうけど、私はなんでもオッケーです。もともと雑食ですし)

そして、もうひとつ私にとって重要なのは、私自身が「審神者」という存在であるということ。刀剣男士たちには「主(あるじ)」と呼ばれています。
ゲームの楽しみ方は人それぞれなので、他の方は違うかもしれませんが、自分に「審神者」という役割(キャラ)が割り振られていることで、私はなんというか、安心してこのゲームを楽しむことができているような気がします。

普通の乙女ゲームというやつを私はあんまりやったことがないので、今はいろいろ変わってきてるんでしょうけど、プレイヤーが「自分」を想定した女子で、そしてその女子=自分がゲーム内のあらゆるイケメンたちに好かれる……とか、なにそれ怖い! 無理!っていう体質なもので(笑)、ゲームとはいえ、自分自身はなるべく関わりたくないんですよ。
以前、腐女子友達が、乙女ゲーをやるときはプレイヤーの名前を男の子の名前にすると、イケメンたちに口説かれる男子というBLとして楽しむことができる、と言っていたのを聞いて、なるほど!それがあったか! と目からウロコだったんですが、そういうことですよ。口説かれるのは「自分」じゃなくていい。むしろ自分じゃないほうがいい。っていうか、口説かれるとか、愛だの恋だのはいらない。ただただイケメンを眺めていたい……。
という願望を叶えてくれてるのが「刀剣乱舞」というゲームなんです(私にとっては)。

キラッキラのイケメンたちが時には甘い言葉を言ってくれることもあるけれど、でもそれは「審神者」という彼らにとっての主(あるじ)に向かって言っている言葉だと思えば、生身の私は直接ダメージを食らうことはない(ダメージ?)。
「ほおほお、こんなふうに言われたら主はうれしいよねえ」というふうに、一歩引いたところでその場面の詳細を妄想しつつ楽しむことができます。
というかねえ、刀剣男士たちは、審神者の力で人間の身体を与えられてこの世に顕現している存在なわけで、ということは彼らにとって審神者はお母さんみたいなもの。そう考えると、彼らが無条件に審神者のことを「好き」「好き」言うのも納得じゃないですか?
そのへんの感じをうまく表現してくれてるなあと思うのが、TVアニメ「刀剣乱舞花丸」です。あれは、審神者の顔も声も出ないところもいいけど、あの本丸にいる刀剣男士たちがみんなものすごく主(あるじ)のことが好きってのが、これでもかってぐらい描かれていていいですよね。
乙女ゲーで複数のイケメンに言い寄られるとかいうシチュエーションはあり得なさすぎてムズムズしちゃうんですが、刀剣男士たちが慕ってくれて「主の仰せのままに」とか言ってくるのが全然オッケーなのは、やっぱりそこに「審神者」というワンクッションがあるからだと思います。審神者が刀剣男士たちに好かれる理由は上で言ったようにはっきりしていますし、私はそのキャラとしてみんなに好かれていると思えば怖くない(笑)。
私自身が主体にならない気楽さとでもいいましょうか。

で、そんなゲームを原作にした「ミュージカル刀剣乱舞」は、画面の中のペラペラの「絵」でしかなかった刀剣男士たちが生身の人間の姿として目の前に現れるわけで、本当にただの2次元だった彼らが3次元になって、しゃべって動いて歌って踊ってるわ〜きゃーきゃー、というわけです。
しかし、3次元の存在となっても彼らは完璧にゲームのキャラとして振る舞っていて、なるほどあのキャラならこういうときにはこんなことを言うだろう、こんな反応をするだろう、こんな動きをするだろうと思わせてくれるので、同じ次元に存在していても、やっぱり彼らは「刀剣乱舞」の世界のキャラクター。だからこそ「2.5次元」と呼ばれているわけですが、「ミュージカル『刀剣乱舞』」の場合は、ここに第2部のライブがあることによって、もうひとつの要素が加わるんですよ。

1部のミュージカル部分は、刀剣男士たちが体験したあるストーリーを見せてくれるものなので「ああ、これは『とある本丸』のお話なんだなー」と、まさにアニメ「花丸」や「刀ステ」と同じような感覚で、ちょっと離れたところから観ている感じなんですが、2部のライブになると! これが!
刀剣男士たちが「主(あるじ)たち〜」と、こちらに向かって語りかけてくれちゃうわけです。
そうするとですね、場のレベルが変わるんですよ。
今までは「とある本丸」の「お話」の中にいた刀剣男士たちが、急にこちら側に降りてくるっていうか(実際に客席に降りてきたりもしますし)、「私」と同じ時空間に存在する人になる。1部では「お芝居」をしていた彼らが「素」になってるって感じ。私と同じ世界の存在になってはいるのだけど、でも、彼らは刀剣男士のまま。

とても不思議。

というわけで、これは、刀剣男士たちが「私」の世界に現れているというよりも、「私」が刀剣男士たちの世界に入り込んでいるんだ、という妄想が湧いてきます。

刀剣男士たちが歌い踊って、私たちに手を振ってくれている会場はきっと2205年のライブ会場。2205年には、刀剣男士たちを集めて育てて戦わせている審神者が(私も含めて)たくさんいて、時の政府の依頼で刀剣男士をいろんな時空に出撃させているけど、一度に出撃させられるのは1部隊・6振りだけ。その他3部隊は遠征に行かせることができるけど、その他の刀剣男士たちは待機状態なわけですよ。
ある程度のベテラン審神者になると、本丸には60振り以上の刀剣男士がいますから、出撃・遠征以外の40振り近くの刀剣男士たちは、はっきり言って「暇」してる。
そこで! ある審神者は考えた!
せっかくのイケメンたちなんだから、この子たちをアイドルとして売り出したらいいんじゃね!? それで稼げたら本来の業務(出撃)の資金にもなるし、刀剣男士たちの仕事(仕事?)の知名度も上がるし、いいことづくめじゃん!
てなわけで、プロデューサーを兼任することになった審神者は、これぞという刀剣男士をピックアップして歌やダンスのレッスンをさせ、「刀剣男士 team三条 with加州清光」とか「刀剣男士 team新撰組 with蜂須賀虎徹」とか「刀剣男士 formation of つはもの」とかってグループにしてデビューさせ、2205年の日本のあちこちでライブを開催し、刀剣男士好きな我々審神者や審神者じゃないアイドルファンたちが観にいっている……。
ああ……、夢のような世界だ2205年(夢だけど 笑)。

というふうに、刀剣男士たちだけでなく、観ている私自身も時間や次元を移動している感覚があって、それがすごく楽しい。「ミュージカル『刀剣乱舞』」の2部=ライブのステージは、私にとってはそんな存在なんです。

ていうかね、刀剣男士たちはもともと戦うために作られた武器ですから、元の持ち主との間には結構つらい思い出があったりします。主が殺されるところを見ていたり、自害するときに自分が使われたり……。そもそも刀剣という武器が実戦で使われていたのは、文字通り切った張ったの厳しい時代だったわけですしね。
でも、きっと2205年の審神者の本丸では、アニメ「花丸」のように、みんな幸せにのんびり暮らしている。元主とのつらい思い出のある時空に出撃しなきゃいけないときもあるけれど、でも、本丸に帰ってくれば、大好きな今の主と刀剣男士仲間がいて、楽しい毎日が過ごせる。
1部のミュージカルでは、まさにその、元の主や自分たちが活躍した(せざるを得なかった)厳しい時代に跳んで戦い、それぞれの葛藤を乗り越え問題を解決し、そうして、刀剣男士たちは「さあ、今の主の元へ帰ろう!」と帰ってくるところまでが演じられます。その、本丸に帰ってきたあとの、2205年現在(!)の幸せな状態を見せてくれるのが、2部のライブステージなんですよ。
「いろいろつらいこともあったけど、今の主のところで刀剣男士として、こうして人間の姿をしていられて、俺たちは幸せだよー」
と言ってもらってるような気がして、2205年にいる設定の私も「あー、審神者になってよかったなー」としみじみしつつ、ペンラ振りつつ、きゃーきゃー言ってるわけです。

私は2.5次元に限らず、この「幸せな後日談」てのが大好物でして。特にBLでは、すったもんだあったりつらいこともあったりの末にふたりがめでたく結ばれてエンド、という本編が終わったあとの数年後……とかの、いわゆるエピローグ=後日談がついてるとすごくうれしい楽しい。
「王子様たちは末永く幸せに暮らしました」のその先のお話として、やっぱりふたりは幸せでしたっていう話が見たい読みたいんですよ!
刀ミュの2部のライブを、私はそんな後日談のような気持ちで観ています。

そんな私の願望にもきっちり応えてくれて、しかも、自分もその同じ世界の存在である「審神者」として(絶妙の距離感で)関わっているように思わせてくれるということで、数ある2.5次元の中でも、私は「ミュージカル『刀剣乱舞』」が大好きなんだなあ、という愛の告白でした。

長かったですね。ここまで読んでくださった方、ほんとうにありがとうございます。

「刀ミュ」の中でも推しの岩融(佐伯大地くん)のことも語ろうかと思っていたんですが、長すぎるのでそのへんはまた今度。
あ、ひとつだけ、岩融が足をガッと開いて腰を落とすお辞儀っていうか、礼がかっこよすぎて大好きですということだけ言っておきたいと思います。


とか、だらだら「刀ミュ」愛を語っていたら、「刀剣乱舞」実写映画化のニュースが!
映画ですから、上で熱く語ったような「刀ミュ」における多層的な体験とは違うかもしれませんが、アニメやステージとはまた違ったリアルな「刀剣乱舞」が見られるのではないかと思うので、楽しみです。



また1ヵ月も放置してしまいました。

稀人舎関連のことは稀人舎サイトのブログで書くようになったせいもあるんですが、あっちのブログで報告したように、2月18日は稀人舎発行の本に絡んだイベントがありまして、1月2月はその準備やら後始末やらでばたばたし、それが一段落したあとは、年に一度の苦行=確定申告でうひーっとなっておりました。

ちなみに稀人舎発行の本というのは、こちら↓
「Solid Situation Poems」
絶賛販売中です!

しかし、そんなこんなの雑用も片付いてしまい、お仕事もぼちぼちあるとはいえ、このブログでの連載記事(そう!〝連載〟なんですよ! 途切れてますが)【ジュリーの曲で考える昭和女性幻想】の続きを書かなきゃなあと思いながらも、なんとなくこう〜、やる気が出ないと申しましょうかモチベーションが上がらないと言いますかぐだぐだ。
ここんとこはずっと、私の脳内では、編集者の私執筆者の私がバトルを繰り広げておりました。

編集者の私「そろそろ「憎みきれないろくでなし」の記事書いてくださいよ〜」
執筆者の私「う〜ん…、書き出しは一応書いたんだけどさー、どうも気分が乗らないっていうか、調子が出ないっていうかさー」
「(おまえは大作家先生かよっ!)どうしたらやる気が出るんですか?」
「今はアウトプットじゃなくてインプットの時期なんだと思うんだよね〜。本読んだり映画やドラマ観たりさー、そういうこともしないといろいろ枯渇しちゃうじゃん」
「本はこないだ同人誌イベントに行って買い込んできた薄い本が山ほどありますし、去年の文フリで買った本も読んでないのが積んであります。あ、こないだ買った雑誌もまだ全部読んでないですよね」
「……文字読むのって、やっぱり能動的な活動じゃん? こう〜、口開けてるとそこに自動的に食べ物入れてくれるようなインプットがいいなあ」
「映像とか音楽とかなら自動的に入ってきますか? 佐伯大地くんが出てる映画だからって前売り買った「Sea Openning」こないだ観たでしょう。Amazonプライムもありますから、観逃してた旧作でも観てください。あと、3月はROCK'N'ROLL GYPSIESのライブもありますし、4月の刀ミュ新作のチケットも抑えときましたよ。もうすぐジュリーの今年のツアーのインフォメーションという名の振り込め用紙も来ますから、それをご褒美だと思って、それまでになんとか記事ひとつぐらいは書いてくださいよ〜」
「ええ〜、だったら余計に金にもならないことやってる場合じゃないじゃんよー。一銭にもならないブログ記事書いてるよりもバイトでもやったほうがいいんじゃね? それに、どうせ誰も待ってないよ」

とかね(笑)。大変に不毛。っていうか、執筆者の私って感じ悪っ!
しかしね、執筆者の私としては、こうしてせっついてくる編集者なんてのもどうせ私の脳内にいるだけだし、ブログ記事なんてのは誰に頼まれてもいないし、あえてめんどくさいことをしなくても、毎日のんびり暮らせたらそれでいいじゃ〜んと、だらだらしているわけです。まとめて紙の本を出すっていったって、それにはお金もかかるしー……。
それに対して、いやいやいや、せっかく1冊目を出すことができたんだから、予定どおり続きも出さないと気持ち悪いじゃないか、それに、そういうことでもないと私自身の生きてる意味っていうか、人生の目標がなくなっちゃうでしょ! 継続は力なりとも言うし、今はお金にならなくとも続けてればなんかいいことあるよ、きっと! もうちょっとがんばろうよ〜、でないと寂しい老後になっちゃうよーーと、前向きなんだか後ろ向きなんだかよくわかりませんが、妙に焦っているのが、編集者の私なんですよ。

↓1冊目はこれです。紙の本は売り切れてしまったので、Kindle版で販売しています。
Kindle本は、Amazonで売ってる専用の端末がなくとも、Amazonが無料で提供しているアプリを入れれば今お使いのスマホ、タブレット、PC(Macでも)、どれでも読むことができます。

これもまだまだ絶賛販売中です!

これが出たのがもう一昨年のこと。当初の予定では、1年に1冊ずつ出して3年で完結だったんですが、去年は全然書けなくて2冊目が出せなかったですからね。あんまり間が空いてもなんだかわけわかんなくなるし、出せるものなら、2冊目は今年中に、3冊目は来年中には出したいとは思っているんですよ。
なんとかがんばりたいと思っております(編集者の私が)。

あ〜〜、そのためには1冊目のKindle版が、2冊目の印刷代の足しになってくれるぐらい売れてくれたり、「2冊目待ってます!」とかの声が聞こえると、やる気が出るっていうか「おお!求められてる!」っていう執筆者の私のモチベーションにつながると思うんですよ。執筆者の私はわがままなのでね……。
すみませんすみません(by編集者の私)